翌朝…-。
窓を叩く激しい雨と風の音で目を覚ました。
(すごい嵐……これじゃ、外には出られないな)
空は分厚い雲に覆われていて、朝だというのに外は夜のように暗い。
猛り狂う窓の外の景色を眺めながら、私は窓辺で頬杖をついた。
そんな時……
??「いいか?」
扉を叩く音に続いて、ゼロさんの声が聞こえる。
〇〇「はい」
立ち上がって扉を開けると、ゼロさんの後ろから、ぞろぞろと人が入ってきた。
〇〇「……?」
ゼロ「紹介する。右から、ネイリスト、エステティシャン、ヘアメイク、ヴァイオリニスト」
〇〇「えっ?」
ずらりと横に並んだ女性達が、いっせいに頭を下げる。
(なんだろう……?)
何が何だかわからずにゼロさんを見つめると、彼は眼鏡に手を当て、咳払いをした。
ゼロ「嵐で観光にも連れていけないからな。 せめて、優雅に過ごしてもらおうかと」
(優雅に……?)
ゼロ「皆、準備を」
ゼロさんが手を叩くと、女性達はいっせいに準備をはじめた。
ベッドの横にはアロマキャンドルが焚かれ、ネイルケアのセットが整えられる。
おまけに、窓辺ではヴァイオリンの演奏まで始められた。
(これは、一体……)
あっけにとられていると……
ゼロ「さあ」
(え……)
ゼロさんが、ふわりと私を横抱きに抱き上げた。
〇〇「あ、あの……」
彼は、ベッドの上に私を降ろし、悠然と私を見下ろす。
〇〇「こ、こういうのはもうしないって、昨日……」
ゼロ「こういうの?」
考えごとをするように彼が目を細める。
美しい黒髪が、サラリと流れた。
ゼロ「……物質は贈っていないが?」
(物質……?)
(も、もしかして……)
―――――
ゼロ『君は過剰に物質を与えられることを嫌悪するのだな』
―――――
(物がダメだから、物じゃない贈り物をっていうこと?)
何と言葉を続けてよいかわからずに、私はあっけにとられてしまう。
ゼロ「こういうことは、嫌いか?」
〇〇「違います……。 そういうことじゃなくって……」
どうにか言葉を絞り出した私を見下ろし、ゼロさんは、不思議そうに首を傾げた。
(何て言ったら、いいんだろう……)
ゼロ「〇〇?」
彼の指が、気遣うようにそっと私の髪に伸びて……
〇〇「……っ!」
私は、その手を押しとどめた。
〇〇「違うんです! 私、こんな贈り物必要ない……っ」
ゼロ「必要ない? 統計では、女性は贈り物や美容を喜ぶと出ていたが……。 そうか、じゃあ、君はアウトドア派か? 一緒に旅行に行ったりすることを喜ぶ女性なのか?」
〇〇「統計……?」
ゼロ「でなければ……」
(頭がクラクラする……)
〇〇「違うんです、そうじゃなくて……! 私はただ、ゼロさんと、お話したりしたいだけなんです」
思いきってそう口にすると、ゼロさんが心底不思議そうな顔をする。
ゼロ「話? 変わった人だな、君は。 そうか、女性の話は黙って聞くのが良いと統計結果にあったな。 よし、君の話を聞こう」
〇〇「じゃなくて……」
大きく息を吸って、私は彼の瞳を真っ直ぐに覗き込んだ。
〇〇「会話がしたいんです」
ゼロ「俺と……会話? 会話をしてどうする?」
〇〇「どうするって……ゼロさんのことが、知りたいんです」
ゼロ「俺のこと? 知ってどうする?」
〇〇「どうするって……仲良くなりたいに決まってるじゃないですか!」
予想外に大きな声が出てしまい、私は口元を両手で覆う。
ゼロ「え……」
驚いたように目を見開いて、ゼロさんはベッドから離れ、黙り込んでしまった。
〇〇「あ、あの……」
あわてて起き上がり、彼の顔を覗き込む。
ゼロ「会話……」
しばらく考えこんでから、彼は決心したように咳払いをする。
ゼロ「きょ、今日は……風がすごいな?」
〇〇「……」
彼の唇が紡いだその形式的な言葉に、思わず吹き出してしまった。
ゼロ「な、なぜ笑う!?」
温かい気持ちが広がって、クスクスと笑いが止まらない。
〇〇「はい、ほんとうにすごい嵐ですね」
ゼロさんが照れくさそうに笑い、エステの準備をしていた女性たちも、楽しそうな声をあげた。
外では嵐が吹き荒れているのに、部屋の中は、まるで、暖かな春の日のようだった…-。