月最終話 開かれる心

菜園で見せたザントさんの柔らかな笑みは、どこか寂しそうで……

胸の内側が、きゅっと締めつけられる。

(少しでもこの人が負った心の傷を癒してあげられたらいいのに……)

しばらくそのまま二人で収穫を続けている内に、お昼が近づいたのか、侍女さん達が野菜カゴを手にして、こちらに近づいてきた。

侍女「わたくし達はしばらく昼食をとってきますけれども……。 ザント様と○○様はどういたしますか?」

ザント「俺はしばらくこの菜園にいる。みんなは好きに休んでくれ」

○○「私もまだ大丈夫です」

侍女「かしこまりました。ではまた後ほど」

侍女は頭を下げると、その場にいた人々と共に城の方へ戻っていった。

やがて広々とした菜園に私達は二人きりで残された。

太陽がまぶしく輝き、その光に野菜の葉が鮮やかな色を帯びている。

ザント「良かったのか? 一緒に行かなくて」

○○「はい、ザントさんがこうして土や野菜達の相手をしてる姿をもう少し見ていたいんです。 ここの野菜からは、ザントさんの優しさを感じて……」

ザント「……変わってるんだな。 俺なんかと一緒にいたがるやつ……花や野菜くらいかと思ってた」

ザントさんは私に背を向けて、収穫したばかりの人参に似た根菜を撫で始めた。

(……?)

かすかに見える彼の耳が、赤く染まっているように思えた…―。

……

やがて日差しが強くなり、私達は菜園の近くにあった木陰へ移動した。

言葉もなく寄り添って座り、陽の光を浴びて青々と茂る菜園を眺める。

ザント「……○○……さん」

(あ……名前で呼んでくれた)

始めて彼の声で口にされた自分の名前に、気恥ずかしさと嬉しさを感じる。

○○「何ですか?」

顔を上げると、彼の澄んだ青い瞳が揺れていた。

(ザントさん……?)

ザント「アンタと一緒にいると、空気が重く感じない。 土いじりをしてる時と同じ、落ち着いた気分でいられる。 なんでアンタは…―」

語尾が濁り、そこで言葉が詰まった。

ザント「……」

○○「……?」

ザント「……悪い、頭の中をまとめないまま口にしてた。 ……今のは忘れてくれ」

すっと視線が地面に向けられる。

(今、ザントさんの心が見えそうな気がした……)

○○「私……今日、城の皆さんやザントさんと一緒に収穫のお手伝いができて楽しかったです。 だけど……同時に寂しい気持ちも感じました」

ザント「……」

伏せられた顔が上がり、もう一度、彼の口が開かれる。

ザント「何が寂しいんだ? 俺が……またアンタをそんな気持ちにさせているのか?」

○○「はい……ザントさんの寂しいって気持ちが伝わってくるから。 どうしたら……そんな顔しないでいてもらえますか?」

ザントさんの心を求めるように、私は彼に言葉を紡ぎ続けた。

○○「私に、何かできることは……」

ザント「……」

すると一瞬、ザントさんの目元が切なそうに歪められて……

その瞬間…―。

スチル

○○「あ……」

気づけば、ザントさんの瞳が私の目の前に迫っていた。

いつも彼の口元を覆っている襟巻が下げられて、隠れることのないザントさんの表情が、私に向けられる。

ザント「だったら…―」

○○「ザント……さん……?」

不意に、手に大きくて熱い何かが触れる。

私の手のひらに重なった彼の手は、土に汚れていた。

不思議と、その指先に温かな優しさを感じる。

ザント「アンタが一緒にいてくれるのか?」

○○「え?」

唇が触れそうな距離で伝えられた言葉は、震えていた。

ザント「……」

木漏れ日きらきらと輝く中、彼の唇がさらに近づいたかと思うと、重ねられている手に、力が込められた。

○○「……っ」

ザント「……俺を甘やかしてくれるんだろう?」

○○「!!」

けれど照れ隠しのような乱暴な口調には、わずかにザントさんの戸惑いが感じられる。

○○「あの……」

ザント「……アンタに、できることって言っただろ」

恥ずかしそうに顔を赤くするザントさんに、嬉しさが胸に溢れてくる。

堅く閉ざされていた心の扉は、私に向けて今、確かに開かれている。

○○「……はい」

言葉の終わりと共にもたらされたのは、小さな口づけだった…―。

おわり。

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