月SS 心から笑える日まで

菜園での収穫作業中…―。

ザント「……いい出来だ」

みずみずしい野菜の重みを手のひらで感じ、ささやかな幸福を味わう。

ザント「っ……」

ふと青空を見上げると、そこには明るく輝く太陽があった。

(少し、アイツに似ている……)

優しく包み込むような、彼女の笑顔が頭を過ぎる。

だが……

(……どうしてだ)

(あの事故以来、一人で生きていくと決めたのに)

(気づけば、アイツのことばかり考えている……)

作業の手を止めて、俺は大きく息を吐いた。

(……調子が狂う)

ふと、土で汚れた手のひらを見る。

アイツの柔らかな髪の感触を思い出し、胸に小さな痛みを感じた。

(俺は、いったいどうしたんだ……?)

そう思いながら、なおも手を見つめていたその時……

〇〇「ザントさん!」

驚いて振り返ると、少し離れた場所にアイツが立っていた。

ザント「……アンタ」

顔を上げ、彼女の元へと向かう。

ザント「アンタも手伝いにきてくれたのか?」

〇〇「いえ、偶然通りかかって知ったんです。 でも手伝ってたら、なんだか嬉しくなってきて」

ザント「……?」

(嬉しい……?)

微笑む彼女の意図がわからず、俺は思わず首を傾げた。

〇〇「あっ、えっと……野菜達がとっても立派に生き生きと育っているので」

(野菜を見て、嬉しくなったのか?)

〇〇「すごいですね、どんなことをしたら、こんなに元気な野菜が育つんですか?」

彼女が目を輝かせながら、俺を見上げる。

(……本当に、変な女だな)

(だけど……大切に育てた野菜を褒められて悪い気はしない)

(むしろ、嬉しい)

溢れてくる喜びを抑えながら、俺は彼女の方へと向き直った。

ザント「……特別なことは何もしてない。 ただ、毎日手をかけてやって、美味しく育つように気持ちを込めただけだ」

そう言って土に触れると、指先にふんわりとした温かさを感じる。

ザント「……こうして触れると土の声が聞こえる」

(そうか。お前達も嬉しいんだな……)

ザント「……みんな喜んでるみたいだ」

〇〇「優しいんですね、ザントさんって」

(優しい? 俺が……?)

意外な言葉に戸惑っていると、彼女と目が合う。

(優しいのは、アンタの方だ)

そう思った瞬間、俺達の間に爽やかな風が吹き抜けていった…―。

……

侍女達が昼休憩に行った後、俺と彼女は二人きりになった。

ザント「良かったのか? 一緒に行かなくて」

〇〇「はい、ザントさんがこうして土や野菜達の相手をしてる姿をもう少し見ていたいんです」

彼女は白い手が汚れるのも気にせずに、収穫した野菜を愛おしそうに籠へと入れている。

(アンタって人はどうしてそうなんだ?)

〇〇「ここの野菜からは、ザントさんの優しさを感じて……」

ザント「……変わってるんだな。 俺なんかと一緒にいたがるやつ……花や野菜くらいかと思ってた」

(アンタは、俺にはまぶしすぎる)

すべてを見透かされているような気がして、俺は背を向けた。

(俺はどうしたらいい?)

彼女に見えないように土に手をつきそっと尋ねる。

すると……

(心のまま、素直に……?)

聞こえた土の声を、心の中でなぞる。

そうして、ふと振り返ると……

(アイツ……)

じりじりと照りつける日差しの下で彼女が懸命に作業を続けている。

その表情は真剣そのもので、首筋に流れ落ちる汗など、気にする様子もない。

ザント「少し……休憩しないか?」

〇〇「そうですね」

近くの木陰へ移動すると、二人で腰かけた。

言葉を交わすことなく、目の前に広がる菜園をただ見つめる。

(不思議だ)

(ただこうしているだけで、こんなにも心が安らぐなんて)

再び辺りに爽やかな風が通り抜け、彼女が気持ちよさそうに瞳を閉じる。

(俺は、アンタとなら……)

(もう一度、心から笑える日が来るかもしれない)

ザント「……〇〇……さん」

初めて口にする名…―。

その愛おしい響きに心が震えた。

〇〇「なんですか?」

顔を上げた彼女と目が合う。

まっすぐに見つめられると、澄んだ瞳に吸い込まれそうになって……

(ああ、そうか……)

(俺は、〇〇が好きなんだ……)

揺れる木々の葉が、優しい音色を奏でた。

俺の中で芽吹いた恋心を、祝福するかのように…―。

おわり。

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