人の形をした泥達から、もうもうと湯気が立ち上っている…-。
泥1「ユーラチカ……写真……」
泥2「差し入れ……」
泥3「天使……」
ユーリ「こ、こいつら……まさか!」
〇〇「心当たりあるの?」
驚いて聞くと、彼は眉根に深い皺を寄せた。
ユーリ「……俺のファンだ」
〇〇「ファン!?」
逃げ出したいと思うものが具現化してしまう地獄の湯から現れたのは、ユリオ君のファンらしい。
泥達「ユーラチカーーー!!!!」
ユーリ「っ……!」
うごうごと距離を詰められ、ユリオ君の顔が青ざめていく。
(ファン、って言ってたけど)
目を大きく見開き、ユリオ君が唾を飲む。
(ユリオ君、困ってるよね……それに、温泉を間違えちゃったのは私だし)
申し訳なさとばつの悪さを感じ……気づけば泥を掻き分け、彼の手を取っていた。
〇〇「ユリオ君、こっち!」
ユーリ「お、おい! 引っ張んなよ、ストーカー! まだ服着てねえんだよ!」
ユリオ君が自分の服を拾い上げる。
〇〇「……!」
私は夢中で、泥達から逃げるように彼を連れ出したのだった…-。
…
……
逃げる途中で素早く着替えたユリオ君と、森の出口まで走ってきた。
〇〇「ここまで来れば大丈夫…-」
立ち止まり、弾む息を整えて顔を上げるけれど……
泥達「ユーラチカ……」
〇〇「!!」
うめき声に振り返れば、森の外で泥達が一列にきちんと並んでいた。
(な、何これ……どういうこと?)
目の前に整然と並んだ泥の壁に、目を白黒させてしまう。
ユーリ「マジかよ……出待ちしてやがる!」
〇〇「で、出待ちって……」
(嘘でしょ……?)
〇〇「に、逃げよう!」
ユーリ「逃げるってどこにだよ? こいつら地の果てまで追ってくるぞ」
泥達「キャーー!!」
〇〇「……!!」
くねくねとうごめく泥の大群は、とても君が悪くて……
(やっぱり怖い……!)
私は再び、ユリオ君の手を引いて夢中で走ったのだった…―。
…
……
(……どれくらい走ったかな)
複雑に入り組んだ路地を抜けたところで、辺りを見回す。
〇〇「よかった……いないみたい」
ユーリ「あいつらを甘く見るんじゃねえよ」
〇〇「え?」
ユーリ「つーか! いい加減放せよ、馬鹿力!」
〇〇「あ……」
私は急に恥ずかしくなって、掴んでいたユリオ君の手を離した。
〇〇「だって…-」
ユーリ「だってもクソもねえ。つーか逃げる必要ねえ。 ちっ……」
ユリオ君はぷいっと顔を背けるけれど……
ユーリ「……ん?」
何かを見つけたようで、目をきらきらと輝かせ始めた。
ユーリ「すっげえ、あの猫! クソヤバい」
彼の視線の先で、尻尾が分かれている猫が毛づくろいをしていた。
〇〇「あれは猫又だよ。普段は人の姿に…-」
ユーリ「写真写真……電波ねえけど写真は撮れたはず……」
(聞いてない……)
ユリオ君はポケットを探ると、スマホを取り出して猫又に向けた。
〇〇「あっ駄目だよ、猫又は…-」
不満げな瞳に変わった猫又は、ゆらりと揺らした尻尾でスマホを払いのける。
ユーリ「あ!」
スマホはそのまま、ユリオ君の手から明後日の方向へと飛んでいく。
ユーリ「俺のスマホ!」
(いけない……!)
私達が手を伸ばすより先に、宙を舞うスマホをキャッチしたのは……
泥達「…………」
いつの間にか現れた泥達……ユリオ君のファンだった。
ユーリ「マジかよ!?」
泥1「ユーラチカ……これ……」
ユーリ「!」
泥に投げ返されたスマホを、ユリオ君は軽やかに跳んでキャッチした。
(さすが……)
しなやかな動きに、目を奪われてしまう。
それは、もちろん私だけではなく……
泥達「キャーーーー!!」
泥達が黄色い声援を上げ、拍手をすれば……泥が辺りに撒き散らされる。
ユーリ「俺のスマホ……泥塗れになってんじゃねーかよ。壊れてねえみたいだけど」
異様な光景に、通りかかった街の人達はギョッと顔を強張らせて立ち止まった。
街の男性1「……なんだ、なんなんだ!?」
泥達「……」
集まった街の人達に気づき、泥がぐるりと向きを変えた瞬間…-。
街の男性2「うわああああっ!!」
悲鳴と共に、彼らは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
ユーリ「……っ」
街の人にぶつかったユリオ君は、手からスマホを落としてしまい……
ユーリ「ああっ!」
逃げ惑う街の人達に蹴られたスマホは、あっという間にまた彼の視界から消えていった…-。