表情を曇らせるカゲトラさんが、棚に積まれた『月夜ニ君ヲ想フ』を見つめている…-。
〇〇「カゲトラさん、どうかしたんですか?」
カゲトラ「ん? ああ、悪い。どうしたかってほどのことじゃねえんだが…―」
そこまで言いかけたところで、彼は言葉を止めてしまう。
そして……
カゲトラ「……やっぱり秘密だ」
〇〇「えっ? どうして……?」
カゲトラ「悪い。別にからかおうってわけじゃねえんだ」
カゲトラさんは戸惑う私に微笑みかけ、そっと髪を撫でてくれる。
カゲトラ「ただ……少しでもその本が気になるなら、先入観をなしで読んでもらいたくてな。 それが、作家への礼儀っつーか……。 だから今は語るのを控えさせてくれ」
優しい口調で言うカゲトラさんに、私は…-。
〇〇「素敵ですね」
カゲトラ「素敵?」
〇〇「はい。同じ作家ならではの考え方というか……やっぱりカゲトラさんは優しいなって」
カゲトラ「褒めすぎだ。んな大層なもんじゃねえって」
そう言うカゲトラさんの笑みは、先ほどよりもさらに深まっていた。
その姿を見ているだけで、胸の中にある彼への淡い気持ちが、一層色濃くなるような感覚を覚え……
〇〇「読むのがますます楽しみになってきました。 実はヴィルヘルムが舞台だと聞いて、是非読みたいと思っていたんです」
(ヴィルヘルムは、カゲトラさんの住む国だから……)
その言葉は恥ずかしさから飲み込んでしまったけれど、私は彼に素直な気持ちを伝える。
すると彼は、嬉しそうな顔をして……
カゲトラ「悪い。この二冊を包んでくれるか?」
近くを通りがかった係員さんを呼び止めると、カゲトラさんは私の手にしていた本と、『月夜ニ君ヲ想フ』を係員さんに手渡した。
〇〇「あの、私が…-」
カゲトラ「いや、いい」
お金を払おうとする私を、彼がそっと押しとどめる。
〇〇「でも……悪いです」
カゲトラ「いいから受け取れ。 ……俺が、お前に贈りてえんだ」
カゲトラさんは目を細めながら、私の頭をぽんぽんと軽く叩くように撫でた。
その優しさが嬉しくて……
〇〇「ありがとうございます」
綺麗に包装された本を受け取った瞬間、自然と笑みがこぼれる。
カゲトラ「ああ」
ふっと笑うカゲトラさんに再びエスコートされながら、私はその場を後にし、その後も本の香りと温かな幸せに包まれながら、彼とのひとときを過ごすのだった…-。