第3話 文豪と令嬢の恋物語

広い会場内に、本特有のどこか落ち着く香りが漂っている…-。

(本当にたくさんある……なかなか選べそうにないな)

所狭しと並んだ本に目映りしてしまう。

すると…-。

カゲトラ「お前は、どういうのが好きなんだ?」

カゲトラさんが静かに尋ねる。

〇〇「そうですね……心温まるような物語だと嬉しいです」

カゲトラ「そうか」

短く言って、視線を動かすと……

カゲトラ「なら、これなんかがいいだろうな」

カゲトラさんは、すっと私の後ろにある本棚へ手を伸ばした。

〇〇「……!」

急に近づいた距離に、鼓動が跳ねる。

ふわりと香ったのは、カゲトラさんが吸っている煙草の香りだった。

カゲトラ「ほら」

すぐに距離は元通りになり、一冊の本を差し出される。

余裕な様子の彼に、一人でドキドキしてしまっていることを恥ずかしく思いながらも……

(すごいな……こんなにすぐ見つかるなんて)

私は、本棚にずらりと並ぶ本と彼から受け取った本を見比べた。

そして……

〇〇「カゲトラさんの好きな本ですか?」

カゲトラ「そうだな。月並みだが、いい作品だと思ってる」

カゲトラさんが、私の手にする本を優しい目で見つめる。

カゲトラ「こいつは最近東雲で注目されてる新人作家の本でな。 中でも、お前ぐらいの年の女に人気があるんだ」

〇〇「本当に詳しいんですね」

カゲトラ「ああ……まあな」

曖昧な返事をしたかと思えば、カゲトラさんは辺りを見回した。

そして傍に誰もいないことを確認すると、私の耳元に顔を近づける。

カゲトラ「絵本を描く前は、小説も書いてたからな。 その影響も大きいんだろ」

彼は、なんでもないことのようにさらりと言う。

(格好いいな)

博識なカゲトラさんに尊敬と憧れを抱きながら、思わず彼のことを見つめてしまっていると…-。

カゲトラ「ん? どうした?」

顔を覗き込まれ、鼓動が大きく跳ねる。

〇〇「ご、ごめんなさい。つい見とれてしまって……。 カゲトラさん、すごく格好いいなって思ってたんです」

カゲトラ「! ……馬鹿なこと言ってねえで、行くぞ」

カゲトラさんは、私に背を向けてしまう。

けれど踵を返す前に見えた頬は、赤く染まっていて……

(かわいいな)

広い背中に似つかわしくない赤い耳を見て、そんなふうに思ってしまうのだった…-。

……

その後も私は、カゲトラさんと楽しい時間を過ごしていた。

カゲトラ「この辺りに並んでるのは、今特に部数が伸びている本だが……何か気になるもんはあるか?」

〇〇「そうですね……」

積まれた本を見ていると、不意に見覚えのある表紙が目に入る。

(これって、確か……)

『月夜ニ君ヲ想フ』というその小説は、東雲の有名な恋愛小説家である松影(まつかげ)が最後に執筆した作品で、今回の小説展では原稿が展示されるなど、大々的に扱われていると聞いている。

カゲトラ「そいつが気になるのか?」

〇〇「はい。確か、東雲とヴィルヘルムが舞台になっているんですよね?」

カゲトラ「ああ。とある文豪と令嬢の、恋の話だ」

(文豪と令嬢……)

(もしかして、身分違いの恋の話なのかな)

〇〇「なんだか切なそうなお話ですね」

カゲトラ「……そうかもな。 ……」

その時、カゲトラさんが不意に表情を曇らせる。

(どうしたんだろう……?)

私は少し不安を抱きながら、背の高い彼の顔を見上げるのだった…-。

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