穏やかな夕暮れの街並みに、鈍い銃声が響き渡る…-。
猫「……!」
銃声に驚いたのか、猫が屋根から足を滑らせて……
(危ない!)
リド「……っ!」
リドが急いで飛び出し、なんとか猫を抱きとめた。
〇〇「あっ、リド……!」
けれどそのまま勢い余って、リドは横にあった積み荷へ突っ込んでいく。
リド「うわあ……っ!」
〇〇「リド、大丈夫!?」
慌てて駆け寄ると、リドが猫を抱きしめながら自嘲気味に笑う。
リド「いてて。は……はは……やっと、捕まえたぜ」
リドの腕の中で、猫はじたばたと暴れていた。
(よかった……)
ほっと安堵の息を吐いた、その時…-。
貿易商の男性「その猫を渡せ」
貿易商の男性が私達に近づいて来た。
リド「まさかと思ったけど……やっぱ、そうだったんだな」
不敵な笑みを浮かべるリドに、貿易商の男性は眉をひそめる。
リド「確かめさせてもらうぜ」
そう言ってリドは、猫の首についている赤いリボンに触れた。
(あ……そうだ!)
そこで私は初めて、猫に抱いていた違和感の正体に気づく。
(この子に初めて会った時は、赤いリボンをつけてなかったんだ)
そして……リドがリボンを裏返すと雫のように小さな宝石が姿を見せた。
〇〇「これって……!!」
リド「城から盗まれた宝石だ」
貿易商の男性「……っ」
貿易商の男性は、リドを睨みつけながら悔しそうに口を歪めた。
リド「あんた、城から出られなかったもんな。 まさかこいつに運ばせるなんてな。リボンに細工までして、ご苦労なこった」
〇〇「ど、どうしてわかったの!?」
リド「いや。城で会った時、こいつの手にすげえ引っ掻かれたような傷跡が見えたんだよ。 城と街を猫が行き来してるっていうのと合わせてピンときたんだ。猫なら警備も関係ねえし。 しかし……リボンつける時暴れられたんだろ? わかるぜー? オレも痛かったからな」
貿易商の男性は悔しそうに顔を強張らせると、その場から逃げるように駆け出そうとする。
けれど…-。
従者「リド様!」
リド「お。来てくれたか! あいつらだ」
リドに呼ばれていた従者さん達によって、貿易商の男性達はすぐさま捕らえられた。
(よかった……)
リドが安心したように、ふっとため息を吐く。
〇〇「リド……」
怪我をしていないか心配で、彼の顔をうかがうと…-。
リド「一件落着ってとこかなー……あ、いてて! こら、引っ掻くな!」
リドの腕の中で、猫はなお暴れていた。
〇〇「駄目だよ。リドが助けてくれたんだから、ちゃんとお礼言わないと」
猫「な~……」
なだめるように猫の頭を撫でると、野太い声を上げてようやくおとなしくなる。
リド「ハハッ……すっかりおとなしくなった。あんた、やっぱりすげーな。 それに比べてオレは……」
積み荷に突っ込んで汚れた服を見ながら、リドはため息を吐く。
リド「猫一匹に振り回されるし、助けるにもドジるし……。 やっぱオレ、探偵は向いてねえのかもな」
猫を優しく撫でながら、リドが困ったように笑う。
彼の人柄を表すように、その笑顔は綺麗で、屈託がなくて……
〇〇「……そんなことないよ」
トクトクと鳴る鼓動を感じながら、私も彼に笑いかけた。
リド「だってさ、こんなカッコ悪い探偵なんていねえだろ」
〇〇「……ううん」
探偵として皆のために奔走する、彼の姿を思い出す。
〇〇「リドは、誰よりも優しくて頼れる探偵だよ」
リド「……っ」
気持ちを素直に伝えると、リドが驚いたように目を見開いた。
リド「……あんたにそう言ってもらえると、勇気出るよ」
〇〇「でも本当に大丈夫? こんなに怪我して……」
頬に触れると、リドが痛そうに顔を歪める。
リド「あ、いてっ!」
〇〇「ごめん……! どうしよう、救急セットも持ってきてないし……」
リド「ならさ、あんたが治してくれる?」
〇〇「え……?」
リド「キスしてくれたら……痛みが飛んでく……かも?」
リドは照れたように視線を彷徨わせている。
その仕草がひどく愛おしくて……
〇〇「うん……わかった」
私は唇をそっと彼の頬に近づけた。
けれど……
猫「な~」
ふと、腕の中で抱かれていた猫がリドの頬を舐めた。
リド「お前っ……!」
(こんなタイミングで……)
なんだかおかしくなって、私は思わず笑ってしまう。
リド「……」
けれどリドは真剣な眼差しで私を見つめていた。
(リド……?)
声をかける前に……彼の力強い腕が私の腰を抱き寄せ、唇に柔らかなキスを落とした。
〇〇「リ、リド……!?」
目と目が合うと、リドが悪戯っぽい顔で微笑む。
リド「事件解決の報酬ぐらい、もらったっていいよな?」
夕陽が彼の澄んだ瞳を美しく輝かせる。
事件の幕は閉じたのに……私の胸の高鳴りは、まだ収まりそうにもなかったのだった…-。