いつの間にか私の足元にいた猫が、一つ欠伸をする。
猫「な~」
(首輪もついてないし……野良猫かな?)
リド「ハハッ、なんだお前」
リドが撫でようとすると、猫が威嚇するように爪を伸ばした。
リド「……っ! いってえ!」
リドの手には一筋の傷ができてしまい……
〇〇「リド、大丈夫!?」
リド「あ、ああ。びっくりしたけど……」
私とリドのことなど気にも留めない様子で、猫は悠々としっぽを揺らしながら去っていく。
その姿に不思議と目を奪われた。
リド「くそっ……なんか悔しいな」
〇〇「なんだか不思議な猫だったね」
リド「ああ……まあ、今は猫より依頼だな。気を取り直して次に行こうぜ」
ため息を一つ吐いて、リドが立ち上がる。
その時…-。
リド「ん?」
子どもの泣き声が聞こえ、私達は顔を見合わせた。
リド「行ってみよう!」
言うや否や、リドは声がする方へ駆け出した…-。
…
……
泣いていたのは、年の頃5~6歳の小さな女の子だった。
リド「どうしたんだ?」
女の子「風船が……」
女の子の視線を追うと、大きな木の枝に風船が引っかかり、ふわふわと揺れている。・
リド「よしっ! オレに任せとけ」
〇〇「リド、気をつけて……けっこう高いところにあるから」
リド「心配すんなって!」
私の心配をよそに、リドは木にするすると登っていく。
リド「取ったぞ!」
けれど次の瞬間……リドは枝にかけていた足を滑らせてしまった。
リド「う……わああああ~!」
〇〇「リ、リド……!」
慌てて彼の元へ駆け寄ると、リドは地面に打ちつけた腰を痛そうにさすって……
リド「いっててて……」
女の子「リドさま、だいじょうぶ?」
リド「あ、ああ! ほら、風船も無事だ!」
痛みを押し隠すように笑い、風船を女の子に手渡した。
女の子「わあ……ありがとう、リドさま!」
女の子は満面の笑みでお礼を言うと、元気に走り去っていった。
その後ろ姿を見送りながら……
リド「……『ありがとう』って笑って言ってくれるのって、すっげー嬉しいよな」
いつまでも女の子を見送るリドの横顔を、太陽の光が明るく照らしている。
〇〇「……うん」
その優しい笑顔に、私は思わず見とれてしまった。
リド「さ。ちょっと寄り道しちまったけど……依頼をこなさねえとな!」
気合いを入れ直し、それからリドと私は次々と依頼主の元を訪ね歩いた…-。
…
……
気がつくと空が茜色に染まっていた。
(もうこんな時間……)
リド「探偵って……こんなだっけか?」
〇〇「うーん……」
子守り、ペット探し、荷物運び…-。
体を張った仕事が多かったせいか、リドの服や髪はすっかり乱れていた。
リド「ティーガが読んでたグレアムの小説ではさ、事件を華麗にカッコよく解決……だったはずなんだけど」
〇〇「でも皆、すごく喜んでたよ。助手として鼻が高いな」
素直な気持ちを伝えると、リドの頬がわずかに赤く染まった。
リド「……ったく。あんたには敵わねえな」
そして、照れ隠しのように帽子を目深に被り直す。
リド「確かに皆が喜んでくれたのは嬉しいんだ……けど、やっぱオレ、何しても普通だから。 ティーガ達なら、もっと探偵っぽくできるんじゃないかって思うと、なんつーか……」
いつになく低い彼の声色に、胸がきゅっと切なくなった。
〇〇「私は、そんなリドが好きだけどな」
リド「……え?」
リドにまっすぐに見つめられ、私はハッと我に返る。
〇〇「……リ、リド! ほら、帽子が曲がってる」
途端に気恥ずかしくなり、誤魔化すように彼の帽子に手を伸ばす。
けれど、それを遮るように彼が私の手を掴み……
リド「ずりーよな、あんた……」
もう片方の手で、私の髪の毛をくしゃくしゃと触る。
〇〇「……っ、リド!?」
リド「これでオレと一緒だ!」
乱れた私の髪を見て、リドがおかしそうに声を出して笑った。
〇〇「……! もう!」
リド「ハハッ……それより、あんたにも明日からはもっと活躍してもらうからな。 頼むぜ? オレの助手さん?」
いたずらな笑みを向けられ、私は……
〇〇「うん、頑張るね!」
リド「おっ、いい返事だな! 〇〇君」
〇〇「明日からは、救急セットも持参した方がいいかな?」
リド「怪我する前提かよ!」
夕陽で映し出された私とリドの影が、仲良さそうに揺れていた…-。