藍色の夜空にちりばめられた星々が、俺たちの頭上で輝いている…-。
冷たい風が吹いて、〇〇が手を温めるように指先をこすり合わせた。
(寒そうだな……俺が付き合わせてしまったから)
アルタイル「……少し待っていてくれないか? すぐに戻る」
彼女の返事も聞かないまま、俺はふと目に映った売店へと駆け出した。
道すがら、先ほど彼女に言った言葉が頭の中に浮かぶ。
(一緒に温泉に入ると言ってくれたが……)
(俺に気を使ってそう言ってはいないだろうか)
再会した時、彼女はどこか寂しそうに笑っていて……
俺はその理由を、もう少し後で知ることになった。
―――――
〇〇『ベガさんともゆっくり過ごせる機会ですし……』
―――――
(〇〇は、俺達のことを思ってくれていたんだ)
周囲を思いやり、自分より他人を優先してしまう。
そんな彼女に愛おしさが募る一方で……
(もし……俺に気遣って、本当の気持ちを言えないのだとしたら…―)
店員「ご注文をおうかがいします」
自分の順番が回ってきていたことに気づかず、店員に声をかけられてはっとする。
アルタイル「ああ、それじゃあ……このハチミツ入りの生姜紅茶を二つ頼む」
しばらくして、店員から湯気の立つコップを二つ受け取った俺は、不安な気持ちを抱えながら、彼女の元へと急いだ…-。
…
……
紅茶から立ち上る白い湯気が、静かな夜空に消えていく。
(冷えた体が少しでも温まるといいが……)
〇〇「……おいしい」
頬を緩めて嬉しそうに笑う彼女を見たら、寒さも不安な気持ちも吹き飛ぶような気がした。
それからしばらく話していると、『足湯』の話をする湯治客が目の前を通り過ぎていった。
(足湯……確か、足だけ浸ける温泉だったはずだ)
(あれなら、〇〇と気軽に入れるか)
ふと〇〇を見ると……
(ん……?)
頬を赤く染め、難しい顔をして何やら考え込んでいた。
その様子から……俺と一緒に温泉に入る、ということについて悩んでいることがわかってしまう。
(やはり俺は、〇〇に気を使わせてしまっているな)
アルタイル「〇〇」
密かに苦笑した後、俺は〇〇を驚かせないように柔らかく名前を呼んだ。
アルタイル「悩ませてすまない。その……俺は、お前と一緒ならなんの温泉でも構わないんだ」
申し訳なさと愛しさを持て余し、俺は彼女の頭を優しく撫でる。
アルタイル「俺達も行ってみるか」
そう言うと、彼女は頬を嬉しそうにほころばせて……
〇〇「……はい!」
明るいその声を聞いて、俺も自然と笑みがこぼれた。
〇〇が気負わず、心穏やかに過ごせるように……
それが、今の俺が望むことだった…-。
…
……
足湯に浸かると、その温かさが心をも解してくれる。
だからなのか、気づけば俺は〇〇へ心の内をさらけ出していた。
アルタイル「俺ももっと王子として頑張らないとな」
思いのたけを伝えきった、その時…-。
(ん……?)
沈黙に包まれ、俺はハッと我に返った。
(ああ……!)
つい、彼女の前で仕事の話をしてしまったことに気づく。
アルタイル「……! すまない。今日はゆっくり休むと言っていたのに、こんな話を
……」
慌てて謝る俺に、彼女はすべてを受け入れるように優しく微笑みかけてくれた。
〇〇「いえ。どんな時も国のことを大切にしているアルタイルさんが、私は好きですから」
アルタイル「〇〇……」
(……敵わないな)
彼女への愛しさが、一気に込み上げてきて…-。
俺は衝動のままに、〇〇の頭を抱き寄せた。
アルタイル「……ありがとう。 そう言ってくれるお前のこと、俺も好きだ」
隠すことなどできない想いを、俺は〇〇にまっすぐにぶつける。
彼女と今日一日、いろんなものを見て回った。
(俺が楽しめるようにと……だが、俺は…-)
アルタイル「でも、この後の時間はお前のことだけを考える時間にするよ」
〇〇「!」
(お前といられることが、一番楽しいんだ)
アルタイル「……俺に、お前の時間をくれないか?」
〇〇「アルタイルさん……」
こんなにも俺を満たしてくれる〇〇という存在を、不思議にすら思う。
アルタイル「小さいな、お前の体は」
(力を入れたら壊れてしまいそうなのに……)
アルタイル「でも……俺にとって、お前の存在はすごく大きい。 いつの間にか、そうなっていた」
〇〇が傍にいてくれると、楽しいだけではない。
アルタイル「お前といると穏やかな気持ちになれる。もっとお前と一緒にいたいと思う。 お前と過ごすひとときが、大切で仕方ないんだ」
〇〇「はい。私も……。 私にとっても、アルタイルさんと一緒にいられる時間が一番、心が安らいで……大切です。 アルタイルさんの人を大切にする気持ちや優しさに、私は支えられているんだと思います」
(……!)
俺を見上げる瞳は、煌めく星のように澄んでいた。
(優しい、か……)
湧き上がる彼女への想いを、果たしてそう呼べるのだろうかと疑問に思う。
(どれだけ一緒の時間を過ごしたとしてもきっと俺は満足できない)
(もっとずっと一緒にいたいと思ってしまう)
(お前を独占したいという気持ち……これは、優しさなんかじゃないよな)
だが、そんなことを伝えるわけにもいかず……
(お前には、本音で話してほしいと思っているのに……)
(なかなか、難しいものだな)
曖昧に笑う俺を見て、〇〇は不思議そうに首を傾げるのだった…-。
おわり。