藤目さんの城に滞在することになった翌日…-。
〇〇「藤目さん、どうぞ」
淹れたてのお茶を執筆中の藤目さんに差し出す。
藤目「ありがとうございます、〇〇さん」
お茶を淹れたり、部屋の片付けをしたりと、私は執筆中の藤目さんのお手伝いをしていた。
〇〇「他にしてほしいことがあったら、言ってくださいね」
力になりたくてそう言えば、藤目さんがくすりと笑う。
藤目「まるで奥さんですね」
上機嫌な藤目さんに満面の笑みを向けられ、わずかに顔が熱くなる。
(ちょっと照れるけど……)
〇〇「旦那様、あと少しですから頑張ってくださいね」
藤目さんの言葉に乗って返してみると、彼が頬を緩める。
藤目「こんなにかわいい奥さんに応援されたら、頑張らないわけにはいきませんね。 もう少し、傍に来てくれませんか?」
藤目さんは目を細めて、嬉しそうに笑うのだった…-。
執筆に集中し始めた彼の邪魔をしてはいけないと廊下に出ると、藤目さんの原稿が終わるのを待つ飛鳥さんに頭を下げられる。
飛鳥「巻き込んでしまってすみません。 でも〇〇さんに来ていただいて助かりました。 あんなに悩んでらしたのに、今は順調に筆が進んでいるようですから」
(お手伝いできたなら、来た甲斐があったかな)
もうすぐ原稿があがると喜ぶ飛鳥さんを見て、私はほっと胸を撫で下ろした。
…
……
窓からまぶしいほどの夕陽が差し込んできてからしばらくして……
藤目「でき、た……」
藤目さんが全精神力を使い果たしたかのようにつぶやいた。
飛鳥「お疲れ様です! では原稿をお預かりします。早速出版社の方に戻りますので、失礼します!」
飛鳥さんは原稿を受け取ると急いで部屋を出ていった。
藤目「〇〇さん、ありがとうございます。貴方のおかげで、満足のいくものが書けました」
〇〇「楽しみにしています。今回は悲恋……なんですか?」
―――――
藤目『あなたに恋をしたのが初めてですから、自分の人生でまだ悲恋を経験したことはない。 けれど、気になるんです。いつか悲恋の物語を書きたいと思った時の参考のためにも』
―――――
数日前に聞いた彼の言葉を思い出す。
けれど、目の前の藤目さんはくすり笑みをこぼした。
藤目「いえ、それもいいなと思っていたんですが、最終的にはやはりハッピーエンドにしてしまいました」
〇〇「そうなんですか? どうして……」
不思議に思って首を傾げると……
ふわりと抱きしめられ、藤目さんの温もりに包まれる。
藤目「貴方に出会えてから、恋愛感情をよりリアルに表現できるようになったと思っています。 実際、今回も主人公達がすれ違っている間の描写は……。 この数日、貴方と離れていた時の自分の感情を元に執筆しました」
吐息が耳元にかかり、ドキドキと私を落ち着かなくさせる。
藤目「ただ、私にはまだ恋を失った経験がない。 だからきっと、今の私では『月夜ニ君ヲ想フ』には敵わないような気がしたんです」
〇〇「そう……なんですか?」
出会った頃の彼が、恋を知らない恋愛小説家と自嘲していたことを思い出す。
藤目「はい。ですが、実体験でなくともあの小説を超えられる力を身につけたら挑戦して見たいとは思います。 でも今は、愛する人が傍にいる喜びを、温かな幸福を静かに綴っていきたい」
藤目さんの穏やかな声が、心地よく耳に響く。
〇〇「私も、愛する人とハッピーエンドを迎えたいです」
(愛する人とずっと一緒に……)
思いを口にすると藤目さんは目を閉じて耳元で囁いた。
藤目「貴方がそうして私を想ってくれている幸福感が、文字になって止まらないんです。 あなたが愛おしくて、たまらない」
藤目さんは私の頬に手を添え、愛おしげに目を細める。
どきりと胸が大きく打ち鳴った、次の瞬間……
優しく甘いキスがそっと唇に落とされるのだった…-。
おわり。