馬車は私達を乗せ、森の中を駆け抜けていく。
〇〇「どこまで行くんですか?」
セラス「内緒……って言いたいところやけど、すぐにわかるから。 ちょっと冷えるし、これ着た方がええで」
セラスさんは用意してくれたコートを私に差し出した。
〇〇「ありがとうございます」
(だけど、本当にどこまで行くんだろう……?)
厚手のコートに袖を通しながら、疑問に思っていると……
セラス「この国なんの国か、忘れてるやろ?」
〇〇「なんの国って……」
セラス「日中はよう見えへんからな。せっかく見るなら、特別綺麗に見えるところに案内したる」
〇〇「もしかして、オーロラですか?」
思わず窓の外に目を向けるものの、セラスさんの手が私の視界を遮った。
セラス「まだ早い。もう少し待っとき」
〇〇「っ……」
耳元で囁かれ、体が小さく震える。
ゆっくりと手を離すセラスさんの方へと振り返ると、彼は悪戯っぽい笑みを浮かべながら私を見つめていたのだった…-。
…
……
それから、しばらく…-。
馬車から外に出て、広い雪原の上に降り立つ。
〇〇「わあ……」
真っ白な雪原のはるか上空には、淡く輝くオーロラが広がっていた。
セラス「それじゃ、また後でな」
馬車が去っていくのを見届けた後、セラスさんは私の手に自分の手を絡めた。
〇〇「っ……」
頬に熱を感じながら、彼を見上げる。
セラス「足元、滑るし……こうしてた方があったかいやろ?」
〇〇「……はい」
セラスさんに手を引かれ、足跡一つない雪原の上を歩いていく。
セラス「今日は、よく見えそうや」
〇〇「見えそうって?」
(もうオーロラは見えているけど……)
星空に淡く広がるオーロラを見つめ、私は首を傾げる。
セラス「今も充分綺麗やけどな。もっと驚くから」
(驚く……)
セラスさんは空を見上げて、楽しげにくすりと笑った。
セラス「ミネルヴァはな、一日に一回空にでっかく電粒を放出しとう。 それが、もうすぐなんや」
〇〇「え?」
セラス「空が一番暗くなる時に、一番綺麗なオーロラが現れるん」
セラスさんの白い息が、星空に溶けていく。
セラス「ミネルヴァもオツなことするやろ?」
〇〇「はい……」
小さく返事をすると、セラスさんが私の肩をそっと抱き寄せた。
〇〇「っ……」
セラス「寒いから、くっついとこ」
私の顔を覗き込み、セラスさんが囁く。
不意に近くなった距離に胸が高鳴った、その時…-。
セラス「ほら、空からカーテンが降りてきた」
空を見上げると、緑色のオーロラが徐々に色を濃くしていき……
セラス「これを見せたかったんや」
光り輝く星空の中で、オーロラは揺らめきながら、青や紫へと色を変えていく。
〇〇「綺麗……」
あまりの美しさに、ため息がこぼれ落ちた。
セラス「これを見られるのも、アンタのおかげや」
〇〇「え……?」
オーロラから目を離し、セラスさんの方を振り向くと……
彼が私を優しい眼差しで見つめていることに気づいた。
セラス「この美しい国を守ってくれて、ありがとうな」
〇〇「私は……」
セラス「それ以上言わんでええよ。素直に受け取ってや。 アンタが取り戻してくれたオーロラが、一番綺麗に見えるのがここ。 どうしても、連れてきたかったんや」
〇〇「セラスさん……」
セラス「なんでやろな。アンタといると、優しい気持ちになる」
指先が私の頬を撫で、唇へと降りていく。
セラス「言えんかった気持ちも言えるようになった。 そんだけアンタは、オレを変えてくれたんやで?」
セラスさんはそう言って、私の顔を寄せ……
〇〇「セラスさん……」
額に温かな吐息を感じた次の瞬間、冷たいキスが落とされた。
〇〇「っ……!」
頬に、まぶたに……次々とキスが降り注ぎ、私達の間にどちらのものともわからない白い息が広がる。
セラス「不思議やな。ずっとこうしてたいて思ってまう」
離れた距離を詰めるように、セラスさんが私の頭を自分の肩にもたれさせた。
(……私も)
胸に広がる想いを噛みしめながら、夜空を見つめる。
すると……
セラス「なあ。この気持ちを、なんて言うんかな?」
不意にセラスさんが、私に囁くように尋ねる。
セラス「アンタとずっと一緒にいたくなる。そういう気持ち」
〇〇「その気持ちは……」
セラスさんに体を預けて、そっと囁く。
その言葉は白い吐息と共に、オーロラが揺らめく夜空へと優しく溶けていったのだった…-。
おわり。