太陽最終話 憧れた景色

心なしか、空がさきほどよりも澄んで見える…―。

無事に禁止区域の広がりを止め街へ戻ってくると、白い羽の人々が、遠巻きに私達を見ていた。

街の人1「ルシアン様……」

ルシアン「……」

沼を塞いだという情報は伝わっているらしく、街の人達は皆戸惑いの表情を浮かべている。

ルシアン「濃くなっていた瘴気はもう大丈夫だ。 だが……皆、これからも絶対にあの場所へ近づいてはいけない。 あの場所の管理体制は、俺が責任を持って策定する。 だから、不安になる必要はない」 

街の人「……」

その時…―。

少女「ルシアンさま、ありがとう!」

ひとりの女の子がルシアンさんの前に出て、花を差し出した。

ルシアン「君は……」

ルシアンさんはかがんで、女の子と視線を合わせる。

少女「お父さんとお母さんがね、あの場所に入っちゃって羽がくろくなっちゃったの。 だから、会えなくなっちゃって……ねえルシアンさま、もうだいじょうぶなんだよね?」

ルシアン「……」

少女「また、お父さんとお母さんに会えるよね?」

ルシアン「ああ……約束するよ」

少女と約束を交わし、ルシアンさんはすっと立ち上がった。

二人の様子を見た街の人達の表情が、次第に変わっていく。

街の人「黒い羽を持つってだけ……なんだよな。 今回だって、そいつらが沼を埋めてくれたんだろう。 俺達は……」

そのざわめきを聞きながら、ルシアンさんが静かに瞳を閉じた。

ルシアン「……」

(穏やかな顔……)

再びゆっくりと開かれた綺麗な漆黒の瞳が、今度は私を映し出した。

ルシアン「あの時、禁止区域に行き……そして気づき中に入らなければ、この一歩はなかった」

○○「……!」

ルシアンさんが、私との距離をゆっくりと詰める。

すぐ傍まで来ると、ルシアンさんは私の肩にあたたかな手を乗せた。

ルシアン「あの時、実は怖かったんだが……お前が俺に前向きな思いをくれた。 お前が目覚めさせてくれて……俺は本当に、生まれ変わったのかもしれないな」

そのまま腰元を引き寄せられ、抱きしめられる。

ばさりと、黒く美しい翼が揺れた。

○○「あ、あの……」

途端に鳴り出した心臓の音が彼に伝わってしまわないか心配で、私は顔をうつむかせた。

そして…―。

ルシアン「今なら、羽ばたける」

○○「っ……!」

強くそう言った途端、ルシアンさんが私の身体をふわりと抱き上げる。

そのまま…―。

美しい漆黒の翼を大きく広げ、ルシアンさんは大空に飛び立った。

突然の浮遊感に、自然とルシアンさんの身体にしがみついてしまう。

○○「ルシアンさん……!」

ルシアン「大丈夫だ、しっかりつかまっていろ」

ぐんぐんと飛行距離を上げれば、さきほどまで立っていた場所があっという間に小さくなる。

人々のざわめきも、やがて遠く聞こえなくなって……

ルシアン「ずっと、こうして空を羽ばたきたかった」

二人きりになった空で美しい翼を羽ばたかせながら、ルシアンさんが口を開いた。

ルシアン「この黒い羽を隠して、ずっと城に引きこもってばかりで……」

○○「……これからはきっと羽ばたけますね。 国の人達も……いつかきっとわかってくれるはずです」

ルシアン「ああ。ミカエラ――弟に報告しなければならないな」

○○「弟さん?」

ルシアン「弟は、俺の羽が黒くなってしまったことを、ずっと気に掛けている」

○○「……どうしてですか?」

おずおずと問いかけると、ルシアンさんは吹っ切れたような顔で微苦笑をくれた。

ルシアン「弟と友人と、あの禁止区域がある森で遊んでいた時……。 足を滑らせ、禁止区域に入ってしまいそうになった彼らを俺は助けたんだ」

○○「じゃあ、ルシアンさんはその時に……」

ルシアン「ああ」

(そんな過去があったなんて……)

ルシアン「あいつらとも……また昔のように戻れるだろうか」

ルシアンさんが、大空を仰ぐ。

ルシアン「でももう、負い目も引け目も感じたりはしない。 ……ずっと見たかったこの景色も、思う存分いつでも見ようと思う」

○○「ルシアンさん……」

ルシアン「○○……お前にも、見せてやれる」

○○「……!」

ルシアン「どうかこれからも……俺の傍で、支えてくれないか。 俺に一歩をくれたのは、お前だから」

どこまでも深く美しい黒い羽をその背に羽ばたかせ、けれどその羽のせいで誰をも寄せ付けなかった魅惑的なその人は……

双方の瞳をきらめかせ、ゆっくりと私に問いかけた。

(誰よりも優しい人……)

○○「……はい、喜んで」

ルシアンさんの胸に顔を埋め、私はそっとつぶやく。

すると……

ルシアン「……」

不意に彼の顔が近づいたかと思うと、優しく額に口づけられた。

○○「!」

ルシアン「誰かを愛しく思うなんて……こんな日が来るとはな」

悪戯っぽく微笑んで、ルシアンさんは私の額に頬を擦り寄せる。

彼の髪が触れ、くすぐったくて……

これからはずっと、ルシアンさんが笑っていられますようにと願いながら、ドキドキする胸を抑え、彼に微笑みかけたのだった…―。

おわり。

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