俺は、夢を見ていた。
目の前に広がるのは、煌めく夢の世界だった。
スポットライトを浴びながら、道化師達が踊り、猛獣達は火の輪をくぐる。
『カルナバーラ・サーカス』……
人を笑わせるという不思議な使命を帯びた国の、世界的に有名なサーカス団。
(すごい……すごい!!)
ネロ「ねえ、父さん、見て!あのピエロさん、片手で逆立ちしながら玉乗りしてるよ!」
ネロの父「こらこら、ネロ。あまり騒いでは、他のお客さんの迷惑になってしまうよ」
ネロ「だって……ほら!あの人なんて、口から火を吹いてる! すごいなあ……ねえ、僕も大きくなったら、このサーカスに入りたい!!」
ネロの父「ははっ。この分だと、ネロは私の跡を継いではくれなそうだな……」
父さんは困ったように笑い、俺の頭を撫でる。
(温かい……)
??「……ネロ……」
(誰……?)
光溢れる世界が遠ざかり、父さんの顔が見えなくなっていく。
??「ネロ……」
(嫌だ、父さん、行かないで……)
(また、サーカスに連れていってよ……)
(父さん……!)
…
……
(誰かが……俺を呼んでる?)
ネロ「ん……?」
心地よいまどろみが途切れ、まぶたを開いた瞬間…ー。
(……っ!!)
口から心臓が飛び出してしまいそうなほど、驚いた。
目に飛び込んできたのは、俺を心配そうに見つめる○○の顔だった。
ネロ「……っ!お、俺……っ」
ほとんど反射的に、俺は○○から距離を取る。
○○「ごめんなさい。お医者様に、起こしてくるよう言われて……」
(なんで……)
手のひらが、微かに熱い。
夢の中で父さんと繋いでいた手が……
ネロ「……」
けれど、俺の手を握っていたのは○○だった。
(なんで……)
問いかけようと、口を開きかけると……
○○「ネロ……お父様に会いたいの?」
心臓がドクンと大きく跳ねた。
ネロ「!!……なんで、そんなことを聞く?」
○○「えっと、寝言で……」
(寝言……)
ネロ「……くそっ」
(よりによって、こいつに聞かれるなんて……!)
思いもよらない失態を恥じ、舌打ちをする。
○○「ネロ……本当は、お父様のこと……」
(違う……)
ネロ「……それ以上言うな」
○○「でも……!」
(違うって言ってるだろ……!)
ネロ「うるさい!」
衝動的に俺は、○○を床に組み敷いていた。
○○「ネ……ネロ?」
(言わないでくれよ……頼むから……)
間近に迫った彼女の顔に、鼓動がいっそう激しくなる。
(俺は、どうしたんだ……)
(こいつは、大人なのに)
(大嫌いなはずなのに……)
ネロ「俺は……あんたと会ってから、変になってる。 大人なんか大嫌いで、憎くて、一人もいなくなればいいって思うのに……。 なのに、あんたといると…ー」
胸の内で膨らんでいく感情に翻弄される。
苦しくて、もどかしくて、そしてどこか甘い……そんな気持ちが込み上げてくる。
○○「ネロ……」
○○が、か細い声で俺の名前を呼ぶ。
それだけで、どうにかなってしまいそうだった。
(俺は、何を考えてるんだ……)
(一緒にいたいって、触れたいって……なんだよこれ)
湧き上がる思いを抑えるように、俺は唇を噛みしめる。
ネロ「けど……。 俺は絶対に大人にはならない」
掴んでいた○○の手首を放し、代わりにあるものを握りしめる。
○○「それ……」
ネロ「これは医者が作ってくれた……『子どもでいられる薬』だ」
○○「え……?」
小瓶の中で暗い色を揺らめかせる液体を見ると、不思議と心が落ち着いた。
ネロ「永遠に子どものままでいられる薬……だよ」
(大人なんて嫌いだ)
チルコの過去を思うと、大人を許すことは到底できない。
けれど俺の中で生まれたこの気持ちも、簡単に消えそうにもなかった。
(……なんて、言えば……)
言葉を探しながら、ゆっくりと○○に視線を戻す。
ネロ「悪かったな。 俺は大人は嫌いだ……大人になんてならない」
(けど……)
ネロ「けど、あんたのことは嫌いじゃない」
やっと口から出たのは、そんな言葉で……
○○「ネロ……」
○○が今何を思っているのか、俺は気になってしょうがなかった…ー。
おわり。