その数日後…ー。
イリアさんが帰国することが決まった城内は、パーティの準備で誰もが忙しく動き回っていた。
(よかった。皆、明るい顔をしてる)
(あれから何もないし、このまま平和に過ぎればいいんだけど……)
そんな思いを胸に、私もパーティの準備のお手伝いをさせてもらう。
その時…ー。
メイド「キャア!」
(何……!?)
悲鳴が起きた場所へ急ぎ、廊下を曲がると……
突然、巨大な炎が私の周りを取り囲んだ。
◯◯「っ……!!」
炎が私と怯えるメイドさん達の周りを、暴れるように揺らめく。
その炎から黒いローブをまとった男の人が現れた。
(この人は……)
◯◯「あの時の魔術師……!?」
魔術師「ミヤ王子といた女か……イリア王子が帰ってきたのだろう。 イリア王子は、どこだ」
私の前に立った魔術師が、恐ろしい声で私に問いかけた。
◯◯「ま……まだ帰られていません……」
震える声を振り絞って答える私に、魔術師は信じないとでも言うように首を横に振った。
ミヤ「◯◯ちゃん!」
騒ぎを聞きつけたミヤ達が、私を見て顔色を変えた。
国王「ミヤ、あの者がお前の言っていた魔術師か?」
ミヤ「はい。イリアを狙っています」
魔術師はミヤ達を見回すと、忌々しげに舌打ちをした。
魔術師「ふん……本当にイリア王子はいないようだな。 また機会を改めるが、その前に。 せっかく来たんだ。手土産を残していこう!」
魔術師が何かの呪文をつぶやくと、炎の蛇が長くとぐろを巻き暴れ出した。
(熱い……! 息が、苦しい……!!)
炎の熱さに、体が震え出す。
王妃「火が、城を……!」
ミヤ「大丈夫。オレが助ける!」
ミヤの声がはっきりと、私の耳に届いた。
(ミヤ……!)
ミヤが両腕を広げると、何かを唱え始める。
魔術師「全部、燃えてしまえ!」
叫び声と共に、魔術師が手を振り上げた。
膨れ上がった炎がせきを切ったように城中を燃やそうと暴れ狂う。
(お城が……!)
けれどその時…ー。
ミヤ「……」
広がる炎の前で、ミヤがスッと広げていた手を降ろした。
その瞬間、暴れ狂う炎の蛇が音もなく消え去った。
魔術師「!? なぜだ!?」
魔術師が戸惑うその一瞬をついて、兵士さん達が取り囲み抑え込んだ。
ミヤ「大丈夫!? ◯◯ちゃん!」
ミヤが私に駆け寄り、心配そうに顔を覗き込む。
◯◯「ミヤ……さっきの……」
ミヤ「ちょっとは勉強が役に立ったかな」
そう言って、ミヤは汗を浮かべた顔で笑う。
国王「ミヤ、まさか炎の魔法を打ち消したのか!? イリアもまだ身につけていない術だぞ!」
王妃「た……たまたまに、決まってますわ」
炎に怯えていた王妃様が、焦った様子で言葉を返す。
(たまたまだなんて……)
哀しくなって眉を寄せた私に、ミヤが肩をすくめて笑った。
国王様はそんなミヤを見て、何かを思案しながら、ゆっくりと口を開いた。
国王「ミヤ。お前とはこういう話をしてこなかったが……政務には興味があるか?」
王妃「何を言い出すのです!?」
国王「さっきの魔法を見ただろう。並の勉強では不可能だ。 ミヤ自身の才能と、真剣に勉強し続けてきた結果だ」
ミヤ「父上……知っていたのですか」
国王「ああ。毎朝、魔術の本を持って森へ行くお前の姿の報告を受けていた」
ミヤ「そうでしたか……」
ミヤが、恥ずかしそうに頭を掻く。
国王「もっと早くこの話をしたかったのだが、お前はどこか自分と向き合えていないように思っていた。 だが最近のお前は、少し以前とは違うような気がする。」
ミヤ「父上……」
国王「してどうだ? 政務については」
ミヤ「お任せいただけるのでしたら、是非に……!」
国王様は満足そうに頷いた。
国王「ああ、お前は人望も厚いし、人前に出て話すのも得意だろう」
王妃「そんなの、イリアに比べたら!」
国王「なぜそうイリアと比べるのだ。ミヤは、イリアにない部分を持っている」
王妃「しかし……」
◯◯「……私からも、お願いします。 ミヤ……ミヤ王子と過ごしていると国の人達から厚い人望を寄せられていることを感じます。 それに、先ほども私はミヤ王子の魔術に助けていただきました」
ミヤ「◯◯ちゃん……」
国王「そうですか……貴女のお墨つきとあれば、なんの心配もいりませんな。 ミヤ、後で私の部屋へ」
ミヤ「……はい!」
王妃「……」
王妃様はそれでもまだ不満そうな顔をしていたけれど、やがて国王様と一緒にその場から去って行った。
…
……
慌ただしい夜は明けた。
朝日が差し込む部屋で、私は、ベッドに座りミヤから借りた魔術書を開いていた。
(ミヤはこんな難しいことを勉強しているんだ)
そう思っていたその時、ノックの音がして私は顔を上げた。
ミヤ「ちょっと話、いいかな」
ミヤが部屋に入ると、少し照れくさそうに頭を掻いた。
ミヤ「今度、政務で他国に行くことになったんだ」
◯◯「そうなんだ! すごいね、ミヤ」
ミヤ「◯◯ちゃんのおかげだよ」
◯◯「そんなことないよ! ミヤが頑張ったから…ー」
言い募る私の頭に、ミヤの指が優しく触れた。
◯◯「ミヤ……?」
そっと首をかしげると……
◯◯「……っ」
ミヤが、突然に私を掻き抱く。
ミヤ「◯◯ちゃん、ありがとう! ◯◯ちゃんに会えなかったら、オレはずっと自分自身に嘘を吐き続けていたと思う。 ありがとう……」
◯◯「ミヤ……」
突然のことに、胸が痛いほどに高鳴っていく。
ミヤ「本当のオレを見つけてくれてありがとう。 嫌じゃないって言ってくれて……本当のオレを好きになってくれてありがとう」
弾けるくらい明るい彼の声が、胸に心地よく響く。
逞しい彼の肩に、そっと頬を寄せた。
ミヤ「これからはオレが守るよ、◯◯ちゃんのことを!」
(ミヤ……)
ミヤは私を腕から放すと、ゆっくりと顔を近づけた。
ミヤ「ねえ、キスしていい?」
◯◯「え……っ」
その言葉に顔を赤くしていると……
私の頬がミヤの両手に包まれ、彼の唇が私の唇に重ねられる。
◯◯「……っ」
ゆっくりとお互いの顔が離れる。
恥ずかしくてミヤの顔が見れずにいると……
ミヤ「もう、かっわいー!」
◯◯「ミ、ミヤ……!」
ミヤ「へへっ……感謝のしるし!」
明るい声に誘われるように、ミヤの顔を仰ぎ見る。
暖かく輝いた太陽のような笑顔が、私を優しく見下ろしていて……
その笑顔に、私もつられて微笑んだのだった…ー。