地面の揺れがおさまり、街に静けさが戻る。
やっと、怖い顔をしていたメディさんがホッとしたように息を吐いた。
メディ「キミは一体……」
メディ「すみません。でも、筆は大丈夫ですよ……!」
振り返り、メディさんに筆を見せる。
彼は驚いたように目を見開くと、唇を震わせた。
メディ「まさかキミは……このために?」
〇〇「メディさんの大切な物ですから」
メディ「だからって!」
〇〇「っ……!」
メディさんは声を荒げ、両手で私の肩を包んだ。
メディ「キミにもしものことがあったらどうするんだ!?」
〇〇「メディさん……」
メディ「あのまま落ちてしまったら危なかったんだよ!?」
(メディさんがこんなに怒るなんて……)
〇〇「すみません、私……」
自分のしてしまったことの重さを痛感した。
(考えなしだった……こんなに心配をかけて)
メディ「まったくキミは……仕方のないプリンセスだ」
メディさんは私の額に自分の額を重ね合わせると、優しく言葉を紡いだ。
筆を握った手に、彼の手が重なる。
メディ「この筆のために、危険をかえりみないなんて……」
〇〇「メディさん……」
メディ「キミにはいつも驚かされるね……。 ……本当はね、森で筆を探していた時、見つからなくてもいいと思っていたんだ」
〇〇「え……?」
メディ「この筆を芸術の象徴だと言ったけれど、ふと思ったんだ。 ボクはそれに固執して、本当の自由なる芸術を見失っているんじゃないだろうかと」
〇〇「えっと……」
メディ「わかりやすく言うと、難しく考えすぎてしまったってことだね。 筆が悪いんじゃない。悪いのはボクの考え方だ。まったくどうかしていたね。 だってそう、ボクはいつでも自由で、芸術は絶えずボクの周りにあるんだよ。 美しいと思う気持ちに、嘘をついたことは一度もない。 今日、キミと一緒にいて、そのことに改めて気づいたんだ」
〇〇「え……?」
メディ「キミの真っ直ぐさが、教えてくれたんだよ。 筆は象徴じゃない。ボクの歩んできた道のりだ。 ありがとう、〇〇。ボクの大切な物を守ってくれて……ありがとう」
〇〇「メディさん……」
メディ「けれどね、ハニー」
彼は私の頬を指先で撫でると、目を細めた。
〇〇「っ……!」
彼に見つめられ、私の胸が音を立てる。
メディ「頬に絵の具がついているね」
〇〇「あ……」
(私、髪も服も絵具だらけ……)
メディ「キミは本当にいつも何かに一生懸命だ。 だけど、その一生懸命さを、勘違いしてしまう男もいるんだよ。 ボクを追いかけてきてくれたのは、ボクのことを少しは気になってくれたからだろうか? 大切な物を守ってくれたのは、ボクのことを大切だと思ってくれたからだろうか? それは……仲間としてではなく、一人の男として、だろうか?」
〇〇「メディさん……」
メディ「……」
彼が真っ直ぐに私を見つめている。
胸の高鳴りが大きくなっていく。
(私……メディさんのことが……)
メディ「……ちょっと、性急過ぎたね」
メディさんは私から視線を外すと、いつもの笑顔に表情を変えた。
メディ「そろそろ戻ろうか。皆が心配しているよ」
〇〇「え……?」
メディ「彼らが待ちくたびれて探しに来てしまうかもしれないね!」
(また、はぐらかされた……)
〇〇「待ってください……! 追いかけたのも、筆を拾ったのも、もしかしたら他の人が同じでも私はやると思うんです」
メディ「うん、〇〇らしいね!」
〇〇「でも、私は……! 私はメディさんのことを……」
メディ「……」
メディさんは顔を寄せると、私の額にキスを落とした。
〇〇「っ……!」
顔が一気に熱くなっていく。
メディ「ハニー、その続きはまだ秘めておいてもらってもいいかな?」
〇〇「え……?」
メディ「本当ならば今ここで聞きたいところだけど! そうだね……この旅が終わった後にゆっくりと」
〇〇「メディさん……」
彼の真剣な眼差しが注がれ、心臓が大きな音を立てている。
メディ「それに……」
〇〇「え?」
メディさんの綺麗な手が、私の髪をふわりと撫でる。
メディ「〇〇。ボクからもキミに伝えたいことがある。 それは……改めてボクから言わせてくれ」
〇〇「はい……!」
私達は手を繋ぎ、宿へと歩く。
オレンジ色に染まる道は、どこまでも暖かく私達を包み込んでいるように思えた…-。
おわり。