生い茂る木々を掻き分けながら、森の奥へと進んで行くと……
堂々と枝を広げた、ひときわ大きな桃の木を見つけた。
(ここだ……懐かしいな)
そこは幼い頃、父さんに連れてきてもらった特別な場所だった。
父さんは昔、桃花祭の日にここで一番綺麗で大きな桃を採り、母さんにあげたという。
(父さんと母さんの恋を結んだ、特別な桃……)
(ボクもここで桃を採って、〇〇さんに渡すんだ)
そびえ立つように高い桃の木を見上げ、ボクはごくりと一つ唾を飲み込む。
(……よし!)
気合を入れて太い幹に手をかけ、ゆっくり登っていく。
カイネ「……っ!」
けれど、途中で足を滑らせて、格好悪く落ちてしまった。
(恥ずかしい……〇〇さんがいなくてよかった)
(それにしても、高いなあ……本当に登れるのかな)
(……いや、毎日トレーニングしてるのは、強くなるためだ)
(このくらいの木、登ってみせる。〇〇さんのために……!)
カイネ「よし、もう一回!」
…
……
一番上まで登りきる前に手が滑ったり、足を踏み外したり…-。
何度も挑戦した結果、ボクはようやく……
カイネ「採れた!」
一番高いところになっていた桃を掴んだ。
手のひらいっぱいの薄桃色をした大きな桃は美しく、ずっしりと重かった。
(〇〇さん、受け取ってくれるといいな……)
カイネ「あ、いけない……急がないと!」
桃花祭に間に合うように、ボクは桃の木から飛び降り、慌てて走り出した…-。
…
……
満開に咲き誇る桃の木の下で、桃花祭の宴が始まる。
(ここでボクが挨拶を……ああ、やっぱり緊張する)
宴には、たくさんの人々が集まっていた。
〇〇「カイネ君、大丈夫?」
心配そうに声をかけてくれる〇〇さんの手を、ボクは震える手でそっと握った。
まるで彼女の心を表しているような温もりに、次第に気持ちが落ち着いていく。
カイネ「やっぱり、宴の直前にキミに会いたいってお願いしてよかった。 大勢の前に出るし、すごく緊張してたんだけど……。 〇〇さんの顔を見たら、ガチガチになってたのがどっかに行っちゃった」
(今なら、大丈夫……)
カイネ「ボク、行ってくるね」
彼女が見てくれているというだけで、ボクは強くなれる気がした。
(励まされるうちは、まだまだ格好いいとは言えないかな……)
(よし。せめてこの国の王子としてちゃんと挨拶をしよう)
…
……
挨拶を終えた後、〇〇さんの姿を探す。
(あれ? どこにいるのかな?)
(あっ、いた……)
〇〇さんはベンチに腰かけ、すぐ傍の桃の木を見上げていた。
(……綺麗だな)
その光景に思わず目を奪われ、高鳴る胸を自覚しながら声をかける。
カイネ「〇〇さん」
〇〇「カイネ君、お疲れ様」
〇〇さんの笑顔に、それまでの緊張がすっと解けて……
カイネ「あー、緊張した……」
素直にそう言って、ボクは〇〇さんの隣に座った。
カイネ「〇〇さん、ボクの挨拶……どうだった?」
〇〇「すごく格好よかったよ」
〇〇さんに笑顔でそう言われて……
カイネ「そっか……!」
(すごく格好よかった……)
〇〇さんの言葉を、ゆっくりと心の中で反芻する。
ずっと欲しいと思っていた言葉を〇〇さんからもらえて、自然に頬が緩んだ。
カイネ「よかった……」
安堵と昂揚感が、ボクの胸を熱く満たしていく。
後ろ手に隠している桃へ、チラリと視線を移す。
(自信……ついたかも)
カイネ「ありがとう。〇〇さんのおかげで、ボク…-」
〇〇さんの手に自分の手を重ねた、その時…-。
(あ……)
風が吹き、桃の木が大きく揺れる。
(この特別な桃を、キミに……)
これから想いを伝えようとする僕を応援してくれているように、桃の花びらが、ひらひらと風に舞っていた…-。