爽やかな夜風が、どこからか吹き込んでいる…-。
彼が掴んだ私の手はまだ甘い果実を持っていて、雫が手首を濡らした。
ホール係「紳士淑女の皆様ステージの前にお集まりください。これより主催者がティアラの贈呈式を執り行います」
アザリー「おお、いよいよか!」
興奮した様子のアザリーさんが、私の手を離して立ち上がる。
アザリー「行こう、〇〇!」
私は、楽しそうに瞳を輝かせるアザリーさんと共に、ステージの前へと向かった。
…
……
主催者「皆さま、本日はお集まりいただきありがとうございます」
ステージの上で進行を務める主催者の傍には、美しいティアラが飾られている。
(綺麗……)
私は幻想的な輝きをたたえるティアラに、思わず見惚れてしまった。
すると……
アザリー「あのティアラ、君によく似合うだろうな」
ステージの上で、あまりにも美しい蝶の形のティアラが輝いている。
その輝きはまるで夢のようで、私は思わず目を細めた。
(こんな綺麗なもの、見たことない)
(見られただけですごく幸せ……)
主催者「……それでは、ティアラをお譲りする方の名前を発表させていただきます。 このティアラは……。 街でご主人とパン屋を営むセレナさんにお贈りしたいと思います!」
アザリー「まさか!」
セレナ「えっ!?」
アザリーさんと一人の女性が、ほぼ同時に声を上げる。
声のした方を見ると、そこには先ほど足蹴にされていたカップルの姿があった。
(セレナさんって、あの人だったんだ)
彼女の優しい瞳を思い出し、私は何だか嬉しくなる。
アザリー「……」
周囲の人に促され、セレナさんがステージへと向かう。
すると、その時……
アザリー「やはり、これは手違いだな」
〇〇「……? アザリーさん?」
アザリー「確かにあの女性は素晴らしい手を持つ上に、慎ましい。文句のつけようもないだろう。 しかし……それは今日ここに君がいなければ、の話だ。 あのティアラは君にこそ相応しい。だから、取り返してくる!」
〇〇「え!?」
アザリー「心配しなくていい。すぐに戻ってくる」
アザリーさんがステージへ向かおうとする。
そんな彼の上着の裾を、私は慌てて掴み……
〇〇「ま、待ってください。私は今日、パーティに参加できただけで嬉しいですし……。 それに、セレナさんが選ばれて本当によかったって思ってますから……!」
そう口にすると、アザリーさんは私の顔を覗き込む。
そうして少しの間、真っ直ぐに瞳を見つめ……
【スチル】
アザリー「……やっぱり」
〇〇「え?」
アザリー「やっぱり君が一番の花だな」
〇〇
「……っ」
アザリーさんは、私の前に跪き、そっと手の甲にキスを落とす。
アザリー「甘い香りがするし……。 何より、心に美しい花が咲いてる」
そう言い終えると、彼は静かに目を伏せた。
〇〇「アザリーさん……?」
アザリー「……。 今度、君に綺麗なティアラを贈るよ。 僕にはやっぱり、君が一番の花に見えるから」
アザリーさんは再び私の手にキスを落とす。
その姿は、いつか絵本で見た王子様のようで…-。
(アザリーさん……)
胸がときめいて、彼の頬に触れようとした時…-。
アザリー「……ん? 香りだけでなく、本当に甘いな」
アザリーさんは、先ほど私の手に口づけた唇を舌で舐めた。
アザリー「ああ、そうか。さっき僕のために果物を剥いてくれたから……」
そう言って、彼は楽しそうに笑った。
行き場をなくした私の指を、彼がそっと握る。
全ての音が、遠ざかっていった…-。
おわり。