何とか城に戻ろうと歩き続けていると、突然フラフが駆け出した。
〇〇「あ、待って! フラフ!」
慌てて追いかけると、そこには……
〇〇「……きれい」
一面の花畑が広がっていた。
〇〇「ここに来たかったの?フラフ」
青紫色のちいさな花弁が、夜風に揺れている。
(この花は……アヴィの好きな)
フラフと一緒に眺めながら、胸が切なさでいっぱいになる。
その時…―。
フラフ「ウゥ~……」
フラフの唸り声に後ろを振り返ると、森から怪しい影が姿を現した。
(お、狼……!?)
大きな狼の群れが、牙を剥き出しにして私達を見据えている。
〇〇「フラフ……!」
フラフを抱き上げて逃げようとしても、あっという間に狼達は私達を取り囲み、距離を詰めてくる。
〇〇「……っ!」
襲い掛かってくる狼達から、守るようにフラフを抱きしめた時……
狼「キャィン!」
狼の悲鳴と共に、激しく大きく剣の軌跡が描かれた。
アヴィ「〇〇!」
大剣を構え、私とフラフを守るように立ちふさがるアヴィがいた。
〇〇「アヴィ!」
アヴィは素早く剣で飛びかかって来る狼達を薙ぎ払い、あっという間に森へ追い返してしまった。
〇〇「ア、アヴィ……」
安堵で、体中の力が抜けていく。
アヴィ「大丈夫か」
剣をおさめながら、気遣わしげな声をかけてくれる。
〇〇「う、うん」
少しだけ乱れた呼吸を整えながら、アヴィが私とフラフに歩み寄る。
その時、彼の腕に赤い線状の傷ができていることに気付いた。
〇〇「アヴィ、怪我を!!」
アヴィ「ああ、たいしたことない」
〇〇「でも、血が……」
腕に走った切り傷に、ハンカチを押し当て止血するように結ぶと、彼は痛みでわずかに顔を歪めた。
〇〇「だ、大丈夫? 痛む?」
アヴィ「だから、たいしたことないって」
アヴィが私を安心させるように、優しく笑ってくれる。
〇〇「でも、どうしてここへ?」
質問すると、アヴィは言いにくそうに眉根を寄せた。
アヴィ「……お前を、探してた。謝りたくて部屋に行ったけど、いなかったからな。 昼間は、悪かった……」
〇〇「ううん、そんな。謝るのは、私の方だよ……ごめんなさい」
和解しつつも、何だかぎこちなくて胸がドキドキしていて……
アヴィ「それにしても、ここは……」
赤い髪を、月明かりに煌めかせながらアヴィが目を細める。
切ない眼差しを花畑に注ぐアヴィに何と声をかけていいかわからない。
アヴィ「……」
アヴィの視線の先で、月に照らされた青紫色の花が、夜風に吹かれて優しく揺れている。
アヴィ「……とりあえず、城に戻るぞ。夜に出歩くのは危険だ」
〇〇「うん……」
…
……
アヴィ「でも、どうしてあの花畑の場所がわかったんだ?」
城へ戻り、改めて傷の手当てをしていると、アヴィが不思議そうに尋ねてきた。
アヴィ「あそこは……」
言おうとしたアヴィが表情を苦しそうに歪めて、私の胸が痛んだ。
〇〇「……フラフを追いかけて行ったら、あそこに辿り着いたの」
アヴィ「そうか……フラフ、覚えていたんだな」
感慨深そうにアヴィはつぶやいた。
その声が、また私の胸を苦しくさせて…―。
〇〇「……アヴィ、教えてくれない?どうして、時々すごく寂しそうな顔をするの? ドライフラワーの話をした時も、フラフのこと見てる時も……あの絵を見た時も」
またアヴィを怒らせてしまうかもしれないと思いながらも、尋ねずにはいられなかった。
〇〇「アヴィの寂しそうな顔は見たくないよ。私……アヴィのことが知りたい」
アヴィ「〇〇……」
アヴィは少し笑って、私の頭にポンと手を置いた。
アヴィ「……楽しい話じゃねえぞ?」
アヴィの瞳を見つめながら頷くと、彼は静かに語り出した。
アヴィ「俺、小さい頃は体が弱くてさ。よく熱を出して、母上に心配かけてた。 ある晩、ひどい高熱を出して……後で聞いた話だと、命が危なかったらしい。 そんな俺を見て、母上は供もつけずに……夜中にあの花畑に、あの花を摘みに行った」
(アヴィを、元気づけたくて……)
アヴィはそこで言葉を詰まらせたけれど、やがてゆっくりとまた言葉を紡いだ。
アヴィ「そこで今夜みたいに獣に襲われて……。 母上と一緒に花畑に行った、フラフの母親も……。 俺に届けられたのは……母上が俺のために摘んでいた、枯れ果てたあの花だった。 二人とも、俺のせいで……」
もし自分の体が強かったら。
もし城の近くにあの花が咲いていたら、お母様達は死ななかったのかな。
アヴィの強さと、花で満たされた庭に秘められた悲しみを知り、涙で視界がにじんだ。
アヴィ「……強くなりたかった。大切なものを、もう自分のせいで失わないように。 俺は、強くなれたのかな」
苦しそうに言うアヴィに、私はそっと寄り添った。
アヴィ「〇〇……」
アヴィが、ゆっくりと手を伸ばす。
アヴィ「……触れてもいいか?」
微笑んで頷くと、優しい手が頬をそっと包み込んだ。
【スチル】
〇〇「アヴィ……」
アヴィ「……今の俺なら、守れるかな」
〇〇「さっきも、守ってくれたよ」
私に触れる手に力がこもり、そっと唇をなぞられる。
〇〇「……っ」
恥ずかしさで思わず目を逸らしてしまう。
アヴィ「俺の目を、見ろ」
有無を言わさぬ声で囁きかけるアヴィを、そっと見上げると、強く凛々しい瞳と視線が絡んだ。
けれども、その奥に揺れる悲しさが今なら私にも見える。
(包んであげたい。支えてあげたい……この人の全部)
夜明けの光に包まれながら、願うように思う。
(幸せにしてあげたい)
静かに、唇が重なった。
アヴィ「もう二度と、大切な人を失うのはごめんだ。 俺は、もっと強くなる……お前を、失いたくないから」
〇〇「私も……アヴィを失いたくないよ」
再度、今度は深く唇が重なり合う。
私もあなたが好きだと伝えるように
深く情熱的な口づけに、私は応え続けたのだった…―。