アルストリアの夜は美しい。
空には無数の星々が輝き、木々が風を受けてそよぐ。
けれど…―。
(どこへ行った!?)
そんな夜を、今日、俺は星も見上げずに過ごしている。
姿を消した〇〇を探し、城の周りを駆け回っていた。
(この森は……!)
方々を探し回りたどり着いた先は、幼い頃によく遊んでいた森の入り口だった。
アヴィ「まさか、ここに……?」
ここには「あれ」以来、一度も足を踏み入れていない。
進もうとするが、胸に染み付いた悲しい記憶が俺の足を止めた。
(……いや。自分のことなんてどうでもいいだろ)
(今は〇〇のことだ!)
進むことを拒否する足を、無理矢理踏み出そうとした、その時…―。
フラフ「ウウウウウウ!」
森の奥から、フラフのただ事でないうなり声が聞こえた。
アヴィ「!」
気付いた時には駆け出し、森に足を踏み入れていた。
(〇〇! フラフ!)
少し進んだところで見た光景は、恐ろしいものだった。
俺の身長ほどもありそうな大きな狼の群れが、〇〇とフラフを囲んでいる。
〇〇「フラフ……!」
フラフを抱き上げ、逃げようとした〇〇に、狼が襲いかかる。
剣を抜き、彼女の前に立ちふさがった。
狼「キャィン!」
妙に周りが静かだ。
諦めて森の奥へと逃げていくまで、襲ってくる狼達を、次々と剣の峰で薙ぎ払う。
(今度は……守ってみせる!)
最後の一頭が去ると、俺は剣を鞘におさめた。
〇〇「ア、アヴィ……」
力が抜けたのか、〇〇がその場にしゃがみ込む。
アヴィ「……大丈夫か」
〇〇「う、うん」
(よかった……)
鍛錬は欠かしたことがない。
この程度で息が乱れるなど、あり得ない。
しかし……
(こっちは大丈夫じゃない。心臓が止まるかと思った)
(……〇〇を失うかと……)
早鐘を打つ胸を押さえ、彼女を抱きしめようと、手を伸ばそうとした。
〇〇「アヴィ、怪我を!!」
指が触れる寸前、彼女が声を上げる。
見ると、俺の右腕に狼の爪跡が残っていた。
アヴィ「ああ、たいしたことない」
〇〇「でも、血が……」
彼女は、腕に走った引っ掻き傷にハンカチを押し当て、止血しようと結んでくれる。
〇〇「だ、大丈夫? 痛む?」
アヴィ「だから、たいしたことないって」
(それより……)
(お前が無事でよかった)
心配してくれているのか、泣きそうな顔で俺を見つめる彼女の瞳を見ていると、自然と笑みがこぼれた。
〇〇「でも、どうしてここへ?」
彼女が首を傾げる。
フラフがその隣に座った。
アヴィ「……お前を、探してた。謝りたくて部屋に行ったけど、いなかったからな。 昼間は、悪かった……」
〇〇「ううん、そんな。謝るのは、私の方だよ……ごめんなさい」
視線の先で、月に照らされた青紫色の花が、夜風に吹かれて優しく揺れている。
(母さん……ララ……)
悲しい思い出が胸をよぎる……
今、隣にいる〇〇の存在を確かめるように、そっと手を握った。
アヴィ「……とりあえず、城に戻るぞ。夜に出歩くのは危険だ。」
〇〇「うん……」
アヴィ「……」
少しだけ躊躇って、しっぽを振っているフラフを抱き上げる。
それは、初めてのことだった。
アヴィ「……フラフ」
ゆっくりと、名前を呼んでみる。
フラフ「わんっ」
頬を舐められ、そのフワフワの毛並みに顔をうずめた。
フラフは、少し花の香りがして……。
(……ララと同じ香りだ)
兄弟のように育ったフラフの母犬のことを思い出す。
〇〇「フラフ、嬉しいね。アヴィが抱っこしてくれていいねえ」
フラフ「わふっ」
俺の腕の中のフラフが、首を伸ばして〇〇の顔を舐めた。
〇〇「きゃあ!もう、フラフったら!」
アヴィ「……ははっ」
その長閑な光景に、胸につかえていた悲しみが溶けていった。
舐め続けるフラフを引き離し、上着の袖で彼女の頬を拭いてやる。
アヴィ「フラフ、お前、〇〇が好きなのか?」
不満そうにしているフラフに、尋ねてみた。
フラフ「わんっ」
当然とばかりに、フラフが返事をする。
アヴィ「……そうか。気が合うな」
〇〇「えっ!?」
みるみるうちに、〇〇の頬が染まっていく。
通り抜ける風は、青紫色の花の優しい香りがした…―。