薄い灰色の雲に覆われていた空が急に暗さを増していき、たちまち空に厚い雲がかかると、大粒の雨が降り出した…―。
(やっぱり、雨が降ったか)
僕は、お気に入りのビニール傘を広げて○○と肩を並べて歩く。
雨は、傘の上にリズムよく降りそそぐ。
(こんなに穏やかな時間は、久しぶりだ……まるで、この世に毒なんかないかのように思える)
もう少しだけ、この瞬間に浸っていたいと感じていたけれど…―。
○○「そんなに私の方に傘を向けたら、フォーマが濡れちゃうよ」
○○は、僕が雨に濡れてしまっていることを気にしていた。
(相変わらず、○○は優しい。でも、僕はこのままでいたいんだけどな……)
フォーマ「……!」
(鼻が……ダメだ、くしゃみなんかしたら……○○はますます気にしてしまう)
フォーマ「く……っ」
我慢をしていたのに、くしゃみがでてしまった。
○○「フォーマ、大丈夫?」
○○が、僕の顔を覗き込む。
フォーマ「ああ、大丈夫だよ」
平気なふりを装ったけれど、○○は僕のことを心配そうに見つめている。
○○「私、あそこの店で傘を買う」
(……やっぱり、そうなるよな)
○○の優しさは嬉しいけれど、すぐ傍に彼女を感じられなくなるのはとても残念だと思った。
○○「フォーマ、もっと傘の中に入って」
フォーマ「大丈夫だよ」
○○は、僕の方に傘を傾けようとした。
フォーマ「そんなに傾けたら、○○が濡れるだろう」
○○「私は大丈夫だから」
傘を譲り合って、余計に肩が濡れてしまう。
(僕なんかいいのに……それより、○○が風邪を引いたら悲しい。そうだ……!)
僕は、この状況を最大に生かす方法を思いついてしまった。
フォーマ「ああ、じゃあ……」
(僕らしくないかも知れないけれど……)
○○「……!」
○○の肩を、引き寄せて抱きしめる。
フォーマ「こうすれば、二人とも濡れない」
○○「う、うん……」
(心臓の音が……うるさいな。これは、○○にも聞こえている……のか?)
フォーマ「店に着くまでだから……我慢して」
(本当はこのままでいたい……店に傘なんてなければいいのに)
○○には申し訳ないと思いつつ、僕はそう願ってしまう。
○○「えっ、売り切れですか……」
店主「申し訳ありません……」
店に置いてあった傘は、全て売り切れていた。
(よし……!)
思わず拳をぎゅっと握りしめ、掲げてしまいそうになる。
(願いが叶った……あ……でも……)
窓の外を見ると、雨は今にも止もうとしていた。
(どうか、止まないでくれ……)
駅までの道のり…―。
一つの傘の中、僕は○○と並んで歩く。
(もっと○○に近づきたい……)
フォーマ「……○○、今日はすごく楽しかった」
心の声が、思わず口からこぼれてしまった。
(……って、唐突に言われても困るよな)
○○「私も、すごく楽しかった」
僕がつぶやくと、○○は楽しそうに笑ってくれる。
(○○……)
僕は、彼女の額に自分の額を重ねる…―。
(こんな行動をするなんて、僕じゃないみたいだな……でも、こんな僕にしたのは……○○だ)
フォーマ「最後は雨に降られたけど、結果的にはよかったと言うか……僕的にはラッキーだった」
○○「えっ……?」
フォーマ「○○とこんな近くにいられるからさ……」
○○「フォーマ……」
(不思議だ、僕が誰かの近くにいたいと思うなんて……こんなことを思うのは、○○以外にいない……)
辺りは、まるで時が止まったように静かで…―。
フォーマ「……」
周りに咲き誇った紫陽花が、雨を受けて楽しそうに揺れている。
○○「……私も」
穏やかなこの瞬間を愛おしく感じながら、僕は彼女の唇を塞いだ…―。
おわり