息もできないほど、空気が張り詰めている…-。
アキトさんは、私を捕らえている男と静かに対峙していた。
アキト「今……裏切りと言ったか」
アキトさんの氷のような視線が、男を威嚇するように向けられている。
(アキトさん……まるで別人みたい……)
アキト「私は、人の命を奪うような毒の使い方には……もう賛同したくないと言っただけだ」
夜光の花の男「それが裏切りだ。 我らは他の花、他の国が持たぬ武器を持っている。それを有効に使うのは悪ではない。 アキトの言うように、命を奪うまでもない。我らは武器を持っているというだけで抑止力となる」
(そんな……!)
アキト「話の通じない男だ……。 とにかく、彼女を離せ。我々の問題に関係のない人だ。 早く……その手を離せ」
今にもはち切れそうな怒りを腹に抱えたような形相と声音で、アキトさんは拳を握りしめ男に言う。
夜光の花の男「……トロイメアの姫とは、随分いい女を手に入れたものだ」
アキト「何……!」
夜光の花の男「この姫を、我らが毒を用いて意のままにすれば……」
男がそこまで言った時だった。
アキトさんがふっと目の前から消えたかと思えば、ふわりと背後から風が吹いた。
(え……?)
いつの間に移動したのか、目にも止まらぬほどの速さでアキトさんは男の後ろに回っていた。
アキト「貴様の首に突きつけたこの毒針がわかるか」
夜光の花の男「ひっ……!」
アキト「……これ以上愚かことを言ってみろ。私は貴様よりずっと、強力な毒をこの体に持っている」
(毒……!)
―――――
店員『まあ曼珠沙華ってのは、死人花だとか地獄花だとか言われて不吉がられますが……。 なんせアキト様が皆に美しいと愛でられる花になろうって力を入れられてますから!』
―――――
(駄目、アキトさんは本当はこんなことを望んでは…-)
低く怒りをはらんだ声が、背後から聞こえてくる。
アキト「……答えないか。なら…-」
アキトさんが手を動かす気配を感じ、私はとっさに叫んでいた。
〇〇「アキトさんっ……!」
アキト「!?」
アキトさんが息を詰めたことがわかった。
〇〇「駄目です……アキトさんは…-」
アキト「〇〇さん……」
つぶやくように、彼に名前を呼ばれた時…-。
夜光の花の男「っ……貴様は本当に、甘い。今回のとこは引こう」
〇〇「っ……」
ふっと男の腕の力が緩み、体が解放される。
アキト「〇〇さん!」
次の瞬間には、アキトさんの腕の中へ引き寄せられていた。
(っ……アキトさん……)
恐怖から解放され、体の力が抜けた私をアキトさんが守るようにしっかりと支えてくれる。
アキト「今後一切、〇〇を巻き込むことは、絶対に許さない」
夜光の花の男「夜光の花はなくならぬ。我らがなくなれば毒花の民達は、他国の餌食となるだけ……」
(他国の……?)
男の発した最後の言葉が、私の胸に深く突き刺さった。
(民を守るために……けれど、アキトさん達の毒は、人の命も奪ってしまう)
そっと腕の中で見上げると、アキトさんは悔しげに唇を噛みしめていた。
男の消え去った場所をじっと見つめ、しばらくしてから小さく息を吐く。
アキト「貴方を……巻き込んでしまいました。すみません」
〇〇「いえ、私は……」
アキト「怪我はなかったですか? あんな乱暴を働くなんて……」
私を抱きとめたままアキトさんの手は、わずかに震えていた…-。
見張りの方を手配してくれた後、アキトさんは私をそのまま部屋まで送り届けてくれた。
アキト「本当に、貴方が無事でよかった……」
〇〇「助けてくださって、ありがとうございました」
アキト「いいえ、礼など……本当に申し訳ないことをしました。 やはり、貴方はもうお帰りくださ…-」
〇〇「アキトさん……教えてくれませんか」
彼の言葉を遮って、私はまっすぐに問いかける。
(あなたのことが……知りたい)
出会った時よりも強く、アキトさんの心に寄り添いたいと思う。
〇〇「……さっき、夜光の花がなくなればって言われてたのは……」
アキト「……」
夜の闇が次第に深くなる中、アキトさんが苦悶の表情を浮かべた…-。