赤い液体が、床の上でぬらぬらと血のように輝く…-。
ウィル「ね? 本物より本物みたいな、血糊でしょう」
〇〇「はい……」
ウィルさんは赤い液体に触れると、指先に塗り広げた。
ウィル「僕は本物の血は苦手だけど、映画の撮影ではリアリティを追求したいんだよね。 だからって、ただ本物のように作るだけじゃだめなんだ。 カメラで撮った時に映える血糊じゃないと」
赤い液体がウィルさんの指をゆっくり伝っていく。
(まるでウィルさんが怪我しているみたい……)
ウィル「この血糊……僕も一瞬、眩暈がしたから、悪くない出来だね」
赤く染まった床を見下ろすと、胸が騒ぐ。
〇〇「この液体は染料なんですよね? 本当に血が混ざってたりは……」
ウィル「それは……」
不意にウィルさんの表情から笑みが消えた。
(まさか……!)
ウィル「アハハ! だったらこんなにのん気に触れないよ!」
まだ気持ちが落ち着かず、胸に手をあてていると、ウィルさんが、私の顔を覗き込んで優しい眼差しを向けた。
ウィル「君の怯える顔を見ると、胸が高鳴って……しょうがないよ」
つぶやくような声はまるで本心を語っているようで、胸の奥が甘く疼いた。
ウィル「君の反応も見られたし……後は……」
私の戸惑いには気づかないまま、ウィルさんはハンカチで手についた血糊をぬぐう。
そうして顔を上げると、すぐに真剣な表情に変わり、職人さんへと歩み寄った。
ウィル「いい血の色だ。気に入ったよ」
職人「ありがとうございます!」
ウィル「試しに、レンズを通してどう映るかテストをしてみたいんだけど。 そうだな、その染料に…-」
ウィルさんの指示に、職人さんが頷きながらメモを取る。
(すごく真剣な顔)
邪魔してはいけないと、私はただ傍で静かにしていることしかできず、自分だけこの場にそぐわない気がした。
(そういえば……私に聞きたいことってなんなんだろう?)
(本当にこの染料で驚かせるため?)
不思議に思いながら、足元の赤い染みを見下ろした…-。
…
……
工房を後にして、ウィルさんと昼下がりの街を歩く。
ウィル「ね、本物より本物らしかったでしょう?」
〇〇「はい!」
ウィルさんは満足そうに微笑むと、視線を前へと向けた。
まっすぐに前を見つめる表情は、精悍で頼もしい。
街の人1「ウィル監督!」
通りすがりに声をかけられ、ウィルさんが手を上げて応えた。
職人1「監督! 新しい塗料ができたんです!」
職人2「次の演出には、是非うちの塗料を使ってください!」
皆、ウィルさんを呼び止めては新しい色を見せたり話したり……
(ウィルさん、街の皆から信頼されてるんだ)
ウィル「これはいい色だね。そうだ、暗闇で光らせたりできる?」
職人3「もちろんです! あの鉱物を混ぜて……よし、さっそく取りかかります!」
職人さんが、時間を惜しむように通りの向こうへと走っていく。
ウィル「元気がいいねぇ。そうだ、ゾンビがあれくらい早く追いかけて来たら怖いと思わない?」
〇〇「怖いです……」
ウィル「今度、試してみようかな。もちろん君で♪」
〇〇「え……!」
ウィルさんは私を見つめて楽しそうに笑っている。
(本当に……やらないよね?)
(こうやって気さくに笑ってくれると、やっぱり嬉しいな)
ウィルさんの横で、怖いような嬉しいような複雑な気持ちを感じていると…-。
街の人2「監督、その人は……?」
〇〇「え?」
街の人達の視線がウィルさんから私へと移る。
〇〇「私は……」
ウィル「サイッコーの表情を見せてくれる、僕の大切な人♪」
街の人2「監督の大切な人!?」
ウィルさんに肩を抱かれ、思わず頬が熱くなる。
けれどそれと同じくらい、なぜだか皆の視線に後ろめたさを感じた…-。