第4話 たった一人に捧げる

パティルがぼんやりと私を見つめながら、口を開く…ー。

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パティル「……まぁ問題は、その現物がどんな色だったか誰も知らない、ってことだね」

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(誰も知らない……?)

パティルの言葉に首を傾げる。

パティル「正確には、知ってる人間がもうこの世にいない。 これはシモンが、『たった一人』に捧げるために作った色だから」

○○「たった一人、って……」

言葉の続きを待つ私をちらりと見た後、彼はどこか面倒くさそうに口を開いた。

パティル「……シモンには、身分違いの恋人がいた。 相手は貴族の令嬢で、かたや当時のシモンは、単なる染め物職人だった。 二人はひそかに手紙をやり取りしていたが、結局結ばれることはなく……。 令嬢は親の決めた婚約者と結婚し、シモンは生涯独身で自分の研究に命を捧げましたとさ。おしまい」

(そんな……)

パティル「昔の話なんだ。しかたないだろ。 ……で、その時シモンが令嬢への手紙を書くときに使ったインクの色のレシピが、これなんだ」

○○「インク?」

急にパティルが立ち上がり、私のすぐ隣へ腰を下ろした。

○○「……!」

パティル「『あなたへの想いを、私は言葉で表すことができない』」

鼓膜をくすぐるような甘い声に、首筋がぞくりと震えた。

パティル「『ですから、この色にすべてを託しましょう。これこそが私の心』『あなたに焦がれ燃え上がるこの焔が、あなたの目にも映りますように』」

(心を、色に……)

パティル「っていうのは、後世の創作だけど。近いことを晩年のシモンも書き残して……どうしたの?」

○○「……う、うん。なんでもない」

赤くなった顔を隠すように、私は頬へ手をあてた。

(でも、なんとなくわかった気がする)

その悲しい恋物語まで含めて、シモンさんのインクには高い価値がついている。

(……どうして今まで誰も、再現できたことがないんだろう?)

はるか昔に作られた色に、私はそっと思いを馳せた…ー。

……

インクの再現を始めてから、数日後…ー。

○○「パティル?」

工房の扉を叩いてみても、室内からはなんの反応もない。

そっと中を覗いてみると…ー。

パティル「……」

(……やっぱり、また床で寝てる)

軽く肩を揺すると、不機嫌そうな声が上がった。

パティル「……んん」

ようやく目が覚めたのか、パティルがごそごそと上半身を起こした。

○○「頑張ってるね」

パティル「そりゃあ、僕の人生がかかってるし」

○○「……そんなに、お見合いが嫌?」

複雑な気持ちになりながら、思い切って尋ねてみる。

パティル「……そういう以前の問題かな。僕は一生、誰とも結婚するつもりはないから」

○○「え?」

ドクンと、胸の奥で低い音が鳴った。

パティル「だから、見合いなんて時間の無駄」

○○「……一生、って。どうしてそんなふうに言い切れるの?」

パティル「……僕が何人兄弟か知ってる?」

パティルは両手の指を順番に折ってみせる。

パティル「王城にいるのは、僕を入れて全部で7人。ちなみに全員母親が違う。」

○○「……」

(そう、なんだ……)

パティル「別にそれがどうしたってわけじゃない。 ……ただ、虚しいよねって。契約書代わりの結婚なんてさ。 僕はただ、自分の研究さえ続けられればいい。それ以外はいらない」

○○「……」

(誰とも結婚するつもりはない……)

その言葉が、頭の中で何度も蘇る。

(私……どうしたんだろう)

パティルの横顔は、ただひどく静かで……なぜか胸の奥が鈍く痛んだ…ー。

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