(オリオンさんから逃げてきちゃった)
口元から昇って行く水泡を眺めていると、国中を覆う、とてつもなく大きなシャボン玉のようなものに、その泡が吸い込まれていく。
(ここから、どうやったら出られるんだろう……)
貝殻のネックレスを眺めていると、涙が一粒こぼれ落ちた。
オリオン「……泣いてるのか」
(オリオンさん……)
急いで手の中のネックレスをポケットに隠し、後ろから聞こえた気遣わしげな声に、聞こえないふりをする。
オリオン「なぜ、泣く?」
(なぜって……)
〇〇「わからないですか?」
オリオン「言われもしないのに察せるわけがないだろう」
〇〇「突然キスをされたり、気持ちを押し付けられたりして……。 悲しくなってしまって」
つぶやくようにそう言うと、オリオンさんはかすかに眉をひそめる。
オリオン「……。 さっきのキスは、力を与えただけだ……まあ、多少色はつけたが」
〇〇「え?」
オリオン「お前は地上のヒトだろう。毎日こうして力を与えないと、深海で息をすることはできない」
(そうだったんだ……最初だけでいいのかと思ってた)
オリオン「わかっていると思っていたが……それに、言っておいただろう。 抗われると燃えると」
(そういえば……)
(でも、そういう問題じゃないと思うけど)
オリオン「それに、気持ちを押し付けるとはなんだ。 好きな相手に好きと言って、何が悪い。 結婚したい女に迫ることの、どこが悪い」
〇〇「オリオンさん……」
オリオン「心から好きだと思える相手に出逢えるのは、奇跡だろう。 俺は、後悔などしたくない。 どんな事をしても……手に入れる」
〇〇「……っ」
まっすぐな言葉に、私の胸がかすかに音を立てる。
オリオン「行くぞ。母上がお待ちだ」
オリオンさんの大きな手が、差し出される。
その手をそっととると、オリオンさんが満足そうに微笑んだ。
オリオン「素直になったようだな」
(嫌だった、はずなのに)
私はなぜか、その手を拒むことができなかった…―。