その夜…―。
海底国の城に到着した私は、美しくしつらえられた部屋で、オリオンさんと向かいあっていた。
オリオン「どうだ、慣れたか」
オリオンさんの唇から、小さな気泡が上がっていく。
城の外では、ゆらゆらと波がたゆたっている。
(水の中にいるはずなのに)
息ができ、体も自由に動くこの空間は、地上にいるときの感覚と同じだった。
〇〇「まだ不思議なことばかりで……国中が大きなシャボン玉で覆われているのに、とても驚きました」
オリオン「死にたくなければ、シャボンの外には出るなよ」
〇〇「えっ……」
オリオン「お前に与えたわずかな力では、外に出るには少なすぎるからな」
(外へ出たら、死んでしまうってこと?)
身震いする私に、オリオンさんが何かを差し出した。
〇〇「これは?」
オリオン「お前、夕焼け色の海見てほうけてただろ。 似た色の貝殻があったから、ネックレスを作らせた」
夕焼けを溶かしたような、美しいオレンジ色の貝殻のついたネックレスに、私は瞳を輝かせる。
〇〇「嬉しい……ありがとうございます!」
オリオン「……あんな顔されたら、誰だって贈りたくなるだろ」
(オリオンさんって強引かと思ったけど、優しい人なんだな)
口調とはうらはらな優しさが嬉しくて、私は頬をほころばせた。
オリオン「それはさておき……。 お前、俺と婚約しろ」
〇〇「えっ!?」
オリオン「何驚いてんだよ?光栄だろ」
突然の言葉に、私は何度も瞳を瞬かせる。
オリオン「お前が俺を起こした時から、どうやら俺はお前のことが好きらしい」
〇〇「す、好き……?」
オリオン「ああ。俺は、欲しいものは何でも手に入れる。だからお前と結婚することにした」
(な、何を言っているの?)
驚いた私は……
〇〇「冗談ですよね?」
思わずそう尋ねると、オリオンさんは心外そうに私を見つめた。
オリオン「どのみち、お前はもうここから帰ることはできない」
〇〇「え!ど、どういうことですか!?」
オリオン「来るときはキスで済むが、地上へ戻るときはもっと別の方法で力を得なければならない」
〇〇「ど……どうすればいいんですか!?」
オリオン「教えると思うか?」
オリオンさんの意地悪そうな笑みが、私の期待をかき消した。
オリオン「まあ、教えたところでお前にはどうにもできないだろうがな。それに……。 もう返すつもりはない」
私の首を下へと辿りながら、オリオンさんは胸元のリボンに手をかけようとする。
〇〇「……やめてくださいっ!」
オリオン「そうだな、まずは婚約者として俺の母に会ってもらおう」
〇〇「お母様?」
(お母様に事情を話せば、地上に戻る方法を教えて下さるかも)
そんな私の考えを見透かすように、オリオンさんが不適に微笑んだ。
オリオン「お行儀よくして、花嫁修業をせいぜい頑張るんだな。婚約者殿」
(私……一体どうなっちゃうんだろう)
去って行くオリオンさんの後ろ姿を見つめながら、
海底の美しい景色を、ぼんやりと眺めることしかできなかった…―。