ネロ「……来てみるか? 情憬の国・チルコへ…-」
子ども達だけのサーカス団と一緒に、私はチルコを目指す…-。
○○「ネロくん。チルコはどんな国なんですか?」
ネロ「どうというほどのこともない。ただの、のどかな田園王国だ」
そう語るネロくんの表情は、いつもよりほんの少しだけ和らいで見える。
(……チルコのこと、大切に思っているんだ)
微笑ましく思いながら、彼を見上げる。
すると……
ネロ「……あのさ。 その『ネロくん』って言う呼び方はやめろ」
○○「え? じゃあ……。 なんて呼べばいいですか?」
ネロ「ネロでいい。『王子』も、『くん』も、『さん』も、何もいらない」
ネロくんは真面目に言ったつもりのようだったけれど……
なんだかその物言いがかわいらしく感じられる。
○○「はい、わかりました……ネロ」
ネロ「……丁寧な言葉遣いもいらない。 大人みたいな話し方をしないでくれ」
○○「……うん」
不愛想な態度を取られるけれど、ほんの少しだけ……彼との距離が縮まった気がした…-。
…
……
チルコに戻る途中に立ち寄った国でサーカスを披露することになった。
(お金を稼ぐためって、ネロはそう言ってたけど……なんでだろう)
(ネロは、王子様なんだよね?)
疑問に思いながらも観客席に座り、ショーの無事を祈っていると…-。
ネロ「ご来場の皆々様……本日は、チルコ・サーカスへようこそおいでくださいました。 さあ。今宵は私達と共に、終わらない夢を……」
団長であるネロは、魅惑的な雰囲気をまといながら挨拶をこなし、その晩のサーカスを一気に盛り立てた。
(不思議だな……ああやって舞台に立ってると、さっきまでとは違うネロみたい)
とくとくと鼓動が速まるのは、サーカスへ向けた期待だけではないような気がした。
ただ……
ネロ「……」
(ネロ……?)
寸分の狂いもなく道化として徹する姿は見事だったけれど、その表情にはどこか時折、怒りのような昏さのようなものが感じられた…-。
…
……
早速、公演を終えたネロの元へ行こうとすると……
男の子「あっ、あのっ」
一人の男の子がちょうどネロに声をかけた。
ネロ「……どうした?」
男の子「僕、さっきのサーカスを見て……見て……」
男の子は、もじもじと汚れた感じのする服の裾をいじっている。
ネロ「……親は? いないのか?」
何かを察した様子で、ネロは男の子に問いかけた。
男の子「うん……もう、いない。死んじゃった。僕、一人……。 僕、一人で毎日泣いてたけど……。 でも、サーカスで頑張る僕くらいの子を見て、その、えっと……っ」
ネロはしばらく男の子を見つめていたけれど、ふっと表情を和らげて……
ネロ「いいよ、おいで」
男の子の頭を、くしゃりと撫でた。
男の子「え……?」
ネロ「サーカス、やりたいんだろう? 親なんていらない。もっと楽しいことが、チルコにはある。 チルコへ来る子どもは皆……俺達の家族だ」
男の子「うっ……僕っ、僕……っ、ひっくっ、うわ~んっ」
男の子はまるでせき止めていたものを吐き出すかのように、ネロの胸で号泣し始める。
男の子が落ち着くまで、ネロはずっと背中をさすってあげていた。
(優しい表情……)
ーーーーーー
??「大人なんか、みんな腐ってる」
ーーーーーー
(あの時のネロとは全然違う)
(どうして……)
その答えがわからないまま、私はチルコへと出発した…-。
チルコへ到着するとすぐに、子ども達がサーカス団をいっせいに出迎えてくれる。
ネロ「皆、ただいま!」
子ども達「ネロ様! おかえりなさ~い!!」
子ども達に囲まれたネロが、ひとりひとりにお土産を手渡している。
大歓迎の子ども達に囲まれるネロを見ながら、私は……
○○「ネロ、人気者だね」
ネロ「そうか? 皆、土産がほしいんだよ」
けれどネロは、まんざらでもない様子だった。
(あれ、でもそう言えば……)
○○「ネロ。この子達のご両親は、どこにいるの?」
その瞬間…-。
ネロ「両親……?」
ネロの表情に、昏い影が落とされる。
ネロ「そんな汚いもの、いるわけない、何言ってるんだ。 ここはチルコ……忌まわしい大人のいない、穢れのない国だ」
凍りついたようなネロの笑顔が、私の背筋を寒くした…-。