城の中庭で、男達に襲われた翌日…-。
ゼロ「……」
いつも通り、レシピに添って料理を進める。
だが……
(〇〇は喜んでくれるだろうか?)
(せめてもの礼を、と思ったが……)
俺をかばって負傷してしまった彼女の姿を思い返すと、胸の辺りに痛みが走った。
ゼロ「……こんな思いで料理をするのは初めてだ」
ため息を吐きながらスープを掻き混ぜた後、鍋のふたを閉める。
すると、その時…-。
〇〇「ゼロさん……?」
振り返ると、そこには驚いたような表情を浮かべる〇〇の姿があった。
ゼロ「おはよう。傷の具合は?」
〇〇「はい、おかげさまで……えっと」
(よかった、顔色もいいようだ)
元気そうな〇〇に安堵した後、俺は戸惑っている様子の彼女に向けて口を開く。
ゼロ「昨日の礼がしたい。助けてもらったから。 ここは俺専用キッチンだ」
〇〇「ゼロさん、お料理できるんですか?」
〇〇の目が、わずかに見開かれる。
ゼロ「料理は科学だからね。すべて緻密な計算でできているから、落ち着く。 贈り物やプリンセス扱いは嫌だと言われたから、料理はどうかと思って。 口に合わないかもしれないが、俺からの礼だ。 ……これなら、どうだ」
(とはいえ、所詮は趣味の範囲内のものだ)
(統計から推測する限り、喜んでもらえる確率は低いが……)
反応をうかがおうと〇〇の顔を覗き込むと、予想に反して、彼女の表情はみるみる内にほころび……
〇〇「すごく嬉しいです……!」
(えっ?)
〇〇の笑顔に、胸がどきりと音を立てる。
(……そうか。君は、こんなことで喜んでくれるんだな)
(それに、君が喜ぶと俺も……)
そう思いながら鍋のふたを取ったその時だった。
〇〇「あ……」
彼女が小さく鳴ったお腹を押さえて、恥ずかしそうにうつむく。
その姿に、思わず笑みがこぼれてしまった。
ゼロ「味見するか?オニオングラタンスープだ。上に乗っているパンが熱いから、気をつけろ」
俺はスープをひと匙すくって息を吹きかけた後、彼女の口元にスプーンを運ぶ。
〇〇「おいしい……!」
〇〇が嬉しそうに俺を見上げる。
その姿に、先ほどと同様に喜びが込み上げてきて……
ゼロ「よかった」
俺はそっと、彼女の口元についたパンを取った。
ゼロ「君が喜ぶと、俺もなぜだか嬉しい。 嬉しいが、同時に落ち着かない」
(異性である君に抱くこの気持ちは、おそらくそういうことなんだろうが……)
これまでに得た知識や情報を総動員し、自分の中に芽生えた感情を整理する。
そんな俺を見て、〇〇は……
〇〇「私も、とっても嬉しいです。ゼロさんにお料理を作っていただけるなんて」
にっこりと笑う彼女に、今までにないほどの喜びが込み上げてくる。
ゼロ「変な子だ。ドレスや宝石やエステより、こんなことが嬉しいなんて」
〇〇「え……」
ゼロ「そんな顔が見られるなら、いつでも作ってやる。 ……予測不能のお姫様」
(だが……それを言うなら、俺もだな)
俺は吸い寄せられるように〇〇の額へと口づける。
(俺がこういった行動に出るだなんて……)
(きっと君も……いや、誰もが予想だにしなかっただろう)
唇を離して顔を覗き込むと、〇〇は目を逸らしてしまう。
だが、その頬は赤く染まっていて……
ゼロ「正直なところ、愛や恋といった感情は理解し難い。だから、断言はできないが……。 恐らく俺は、君に恋をしている」
〇〇「ゼロさん……」
彼女の頬の赤みが、ますます増していく。
それを見た俺は、一つ深呼吸をした後……
ゼロ「君も、俺と同じ気持ちだと理解した。 ……構わないか?」
彼女の反応を逃すまいと、じっと見つめる。
すると……
〇〇「……はい」
〇〇が、控えめに返事をする。
その姿に、芽生えたばかりの感情が再び大きく膨らむのを感じたのだった…-。
おわり。