月最終話 湯上りの姿

一晩安静にしたおかげで、フロストさんはすっかり元気を取り戻した様子だった。

二人で外の景色を眺めていると、やがて人の良さそうな旅館のご主人が部屋にやってきて…-。

主人「那由多様より、伺っております。こちらが飲む温泉でございます。どうぞ。 我が国の温泉と天弧の国より取り寄せた薬草を混ぜた、薬湯となっております」

(これが……飲む温泉?)

フロスト「……」

フロストさんを覗き見ると、彼も怪訝な表情で器を見つめていた。

(なんだか、青汁みたい……? 飲み切れるかな)

息を止めて一口飲み込むと、何とも言えない風味と青臭い匂いが広がる。

フロスト「良薬、口に苦し……だな」

フロストさんも口元を歪め、愕然とした表情を浮かべていた。

〇〇「ですね……」

フロスト「だが、この一瞬でお前のいろんな表情が見られた」

からかうように微笑まれると、頬に熱が集まっていく。

〇〇「……私だって、フロストさんのそんな表情初めて見ましたよ」

悔しくて言い返すと、フロストさんは驚いたように目を丸くした。

フロスト「……言うようになったじゃないか」

私達は見つめ合い、どちらからともなく笑い合った。

そんなやり取りを、傍らでご主人が微笑ましそうに見ていて…-。

主人「とても元気になりますので、是非頑張ってお飲みくださいね。 では、お食事をお運びします」

その声をきっかけに、扉の向こうで控えていたらしい女将さんが、次々に料理を運んでくれた…-。

……

食事が済み、すべてのお皿が下げられた後…-。

フロスト「体の中から温かくなってきたな……温泉の力か。 飲むだけではもったいない。汗も掻いたし、ゆっくり風呂に入るとするか」

勢いよく立ち上がったフロストさんに続いて、私も慌てて腰を上げる。

フロスト「混浴でないのが残念だが、仕方がないな」

〇〇「……!」

フロストさんは、唇を吊り上げて妖艶な笑みを浮かべてみせた。

フロスト「残念そうな顔をしている」

〇〇「ち、違います!」

フロスト「嘘を吐け。お前はすぐに顔に出る」

気恥ずかしくて顔を逸らすと、小さな笑い声が聞こえてきた。

(元気になってくれたのは、本当に嬉しいけど……)

―――――

フロスト『今日はすまなかった……ありがとう』

―――――

昨晩の彼の様子を思い出すと、ほんの少しだけ惜しいような気持ちになってしまうのだった…-。

……

温泉で温まった体に、茶屋の表の川床から流れるひんやりした空気が気持ちいい。

(いいお湯だったな)

(フロストさんはもう、上がってるのかな)

ふと視線を傾けると、茶屋の椅子に腰かけているフロストさんの姿を見つけた。

〇〇「フロストさん」

彼の傍まで行って声をかけると、ゆっくりと私に視線が向けられて…-。

フロスト「ようやく来たか、〇〇」

組んでいる足に頬杖をつきながら、浴衣姿のフロストさんが私の顔を覗き込む。

その拍子に、彼の胸元が少しはだけ……ドキリと鼓動が大きく鳴った。

(すごく色っぽい……それに)

フロスト「お前は浴衣ではないのか、残念だ」

まだ乾ききっていない髪は無造作に流れ、いつもとは違う雰囲気に目を奪われてしまう。

(綺麗……)

フロスト「どうした?」

〇〇「い、いえ。なんでも……」

私の気持ちを見透かすかのように、彼は余裕たっぷりに笑みを浮かべた。

フロスト「そうか……それにしても、温泉とはいいものだな」

不意に彼の手が私に伸ばされ……頬を優しく撫でられた。

温泉で少ししっとりした指の感覚に、鼓動が速くなっていく。

フロスト「湯上りはより美しい」

〇〇「……っ!」

頬から髪へ、そして首筋に……彼の指が這うように移動して…-。

フロスト「まだ少し濡れているぞ」

小さく体を震わせると、彼は満足そうに唇で弧を描いた。

(病み上がりなのに……)

その余裕そうな笑顔を少しだけ悔しいと思うのに、決して視線を逸らせない。

〇〇「フロストさんだって……」

かすれた声で、彼の名前を口にしたその時…-。

〇〇「んっ……!」

柔らかく熱い唇が、私の唇に覆い被さってきて、とっさに目を閉じてしまった。

(こんな人前なのに…-)

唇が離れ、恐る恐る目を開くと……

フロストさんは気にも留めず、私の反応を楽しんでいる様子ですらあった。

フロスト「いいだろう。もう俺はすっかり元気になったのだから。 こう見えて……随分と我慢していたんだぞ?」

有無を言わせず、さらに口づけを深めようとする彼に、抵抗などできるはずもなく……

私は、唇から伝わる熱をただ受け入れるしかなかったのだった…-。

おわり。

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