月SS 君とふたり秋桜の晩に

夜空に浮かぶ月が、コスモス達を優しい光で照らし出す。

(なんて綺麗なんだろう)

その清廉さに〇〇のことを思い出して、また胸の奥が軋むように痛んだ。

(異国の地でひとときの休息……)

(〇〇がいてくれたから、心安らぐことができた)

(穏やかな時間を二人で過ごせただけでも幸せなのに、僕はなんてことを……)

―――――

アマノ『……ああ、唇も冷たくなって』

〇〇『……っ』

―――――

(キス……しようとするなんて)

ほとんど、無意識にやってしまったことだった。

(〇〇の気持ちも考えずに……)

僕は、勘違いしてしまったのだろう。

この癒しの地で〇〇と一緒に過ごし、彼女が楽しそうに笑ってくれる度に、自分のことを特別に想ってくれているような気がした。

(本当、恥ずかしいな。次に〇〇に会う時、どんな顔をすれば……)

静かに流れる夜風がコスモスを揺らした、その時…-。

〇〇「アマノさん……!」

(え……!)

小さな声に、ハッと声を上げると……

桃色の花々の先に、息を弾ませている〇〇の姿が目に飛び込んできた。

アマノ「〇〇!? どうしてここに…-」

〇〇は上下に肩を揺らし、息苦しそうに口を開く。

〇〇「私も……アマノさんに伝えたいことがあったから」

アマノ「伝えたいこと……?」

その額には、うっすらと汗が浮かんでいた。

(どうしてこんな夜に、僕なんかのことを探して?)

(こんなに、息を切らして……)

今すぐ彼女へ手を伸ばし、抱きしめたいと思う。

けれどもうこれ以上失態を重ねることが怖くて、僕はただ〇〇を見つめた。

月明かりの下、僕達の視線が一つに重なる。

〇〇「私も、アマノさんと過ごせてとても楽しかったです。 アマノさんの楽しそうな笑顔が見られて……もっと、あなたのことが好きになりました」

アマノ「……!」

〇〇の言葉とはにかんだような笑顔が、僕の心を射抜く。

(まさか……そんな)

望んでいた言葉が降ってきて、僕は呆然としてしまった。

すると…-。

〇〇「さっきは拒んだりしてごめんなさい。でも……あまりにも、ドキドキしてしまって」

アマノ「……っ」

懸命に言葉を紡ぐ彼女の姿が、愛おしくて仕方がない。

(君って人は……)

胸に熱いものが込み上げ、気づけば僕は〇〇を抱きしめていた。

アマノ「〇〇……」

(なんて幸せなんだろう)

彼女の髪を撫でながら、僕も自分の想いを言葉に乗せる。

アマノ「探してくれてありがとう、〇〇。本当に嬉しいです。 僕も、君への想いが今日一日でさらに大きくなりました」

僕の腕の中で、〇〇が花のように笑う。

互いの想いが通じ合ったことがあまりに嬉しくて、つい抱きしめる手に力が入ってしまった。

すると…-。

〇〇「あ、あの、アマノさん。少し苦しいです……」

離れようと身じろぎする彼女を手放したくなくて、さらに力を込める。

アマノ「離したくない」

〇〇「あ、あの。でも、汗を掻いてしまっていて……」

その時ふと、僕はあることを思いついた。

(また、拒まれてしまうかな)

不安がよぎれば、彼女を抱きしめる腕の力が弱くなる。

けれど…-。

アマノ「それなら…-」

〇〇の姿を、誰よりももっと傍で見たい。

僕はその想いに抗うことが、どうしてもできなかった…-。

……

打たせ湯に入っていると、漂う湯気の流れが変わったような気がして振り返った。

すると……

白い湯気の向こうで、〇〇がたたずんでいる。

アマノ「〇〇」

湯気が邪魔をしてはっきりとその姿を見ることはできないけれど、僕の鼓動は一気に速まった。

〇〇「あ……」

僕と視線がぶつかると、彼女は頬を赤く染める。

アマノ「……やっぱり恥ずかしいですか?」

〇〇「は、はい……」

(かわいいな)

身を硬くする〇〇を見て、僕は思わず笑みをこぼしてしまう。

アマノ「困ったな、これじゃ君に近づけない。 僕は君の傍にいたいのですが……」

〇〇「恥ずかしい、です。アマノさんが綺麗だから……」

アマノ「……僕は、君の方が遥かに美しいと思いますよ」

(弱ったな。こらえられそうにない)

温泉の熱さも相まって、妙に気持ちが高ぶって仕方がない。

アマノ「……ああ、僕はまたきっと、嬉しくて調子に乗ってしまっています。 そんなふうにかわいらしく恥じらう君を見られるのが、僕だけだということに」

透き通るような白い肌が、月明かりに照らされて輝きを増している。

そのしっとりとした美しさに、心を狂おしいほど刺激された。

(君に、触れたい)

アマノ「〇〇……傍に行っていいですか?」

返答はなく、ただぱしゃりと湯が跳ねた音が聞こえただけ……

それでも僕は、引き寄せられるように〇〇の方へと歩き出したのだった…-。

おわり。

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