月SS 王子の鎧を脱いで

鏡に映し出された男に、俺は底知れぬ不安を覚えた…-。

(王子、かな……)

高貴な身分を示す服装を見れば、その推測は簡単に立てることができた。

(だとしたら、この後の展開は……)

プリトヴェン「推測だけど……彼はこの物語の『王子』で……。 君が、主人公の女性なんじゃないかな」

〇〇「えっ」

(……嫌だ)

子どものような願いが、俺の中で小さく芽生える。

鏡に映る男を見つめる〇〇の横顔を見れば、その想いはどんどん大きくなって…-。

(絵本の中だからとか、王子だとか……そんなの関係ない)

(〇〇を誰かに奪われるなんて……絶対に嫌だ)

そう思った次の瞬間……

プリトヴェン「えっ……!?」

鏡面に触れていた俺の手が、まるで吸い寄せられるかのように鏡の中へと沈んでいった…-。

……

鏡の世界で、物語を終わらせるために〇〇はリンゴをかじったけれど……

プリトヴェン「……なんともない?」

〇〇「……そうみたいです」

プリトヴェン「いったい、どうして……」

(なんて無茶なことをするんだ)

(もしこのリンゴで、本当に魂が取られてしまったら……)

彼女の起こした大胆な行動に、俺はただ言葉を失った。

〇〇「リンゴは、死神が主人公の魂を奪うためのものですよね。  私の心は、もうとっくにプリトヴェンさんだけのものだから。 ……だから、何も起きないのかもしれません」

プリトヴェン「……」

さも当たり前のように告げる彼女から、目が離せなくなる。

(君は、どうして……)

奥ゆかしい微笑みを浮かべる彼女が愛おしくて、いてもたってもいられなくなった俺は、感情のままに彼女の小さな体を抱き寄せて…-。

その柔らかな唇に、自分の唇を重ねた。

プリトヴェン「……勝手に触れて、ごめん。でも、君への気持ちが止められなくて……。 こうせずにはいられなかったんだ」

(隠すのが難しいくらい、いつだって溢れているのに)

(そんなことを言われたら……君への想いが止められなくなってしまう)

プリトヴェン「君がくれる想い全部が、どうしようもなく嬉しくて。 その……こういう方法でしか気持ちを表せなかった」

(それくらい君が大好きなんだ)

俺だけを映す優しい瞳が、静かに揺れたかと思うと……

〇〇「……嬉しいです。 だって……私もプリトヴェンさんが大好きだから」

(……〇〇)

ふわりと甘い香り共に、彼女の体が俺の胸へと委ねられる。

プリトヴェン「君は、本当に…-」

(世界一の、綺麗な女性だ)

細くて、すぐに折れてしまいそうなその温もりを独り占めしたくて、彼女を抱く腕に、そっと力を込めた…-。

……

宙を舞う光が淡い輝きを放つ中、俺達は鏡の世界を歩く。

〇〇「……本当に、綺麗な景色ですね」

頭上に広がる空には、粉雪のように輝く光が舞っていて、柔らかな笑顔でその光景を見つめる彼女の横顔が、いっそう美しさを増していた。

プリトヴェン「……やっぱり、君の方がよっぽど綺麗だ」

〇〇「……!」

真っ赤に頬を染める彼女の反応に、昨晩のやり取りを思い出す。

―――――

〇〇『プリトヴェンさんは、私を評価しすぎです』

―――――

俺の言葉が〇〇を不安にさせることもあると、知ることができた夜……

もっと彼女に、この溢れ出す想いが伝わればいいのにと願った。

(俺はいつも、上手く伝えることができないから…-)

そんな時、鏡のような湖面に映る、黒いマントを羽織った自分と目が合う。

(そうか……)

(俺は今、王子じゃなくて死神だった)

そう思うと、はがゆさに疼いていた心がなぜかすっと軽くなった。

(物語がいつ終わるのかはわからないけど)

(ここでなら……いろんな鎧を脱ぎ捨てて、もっと君を求めてもいいかな)

一呼吸すると、俺は彼女だけまっすぐに見つめる。

プリトヴェン「……君に伝える言葉に、嘘はないよ」

昨晩告げた言葉を繰り返す。

プリトヴェン「今、俺は……もう一度君に触れたいって思ってる。 ……いいかな。その……キスしても」

〇〇「! ……はい」

触れる髪を小さな耳にかけると、吐息が触れ合う距離に近づく。

一瞬、熱を帯びた瞳が俺を捉えると、静かに長いまつ毛を伏せた。

(君を、ずっとこの腕に感じていたい……)

そんな身勝手な想いに身を任せて、柔らかな唇にもう一度口づけを落とした…-。

おわり。

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