オリオンさんに手を引かれ、海の中へと足を踏み入れた…―。
(オリオンさんと一緒だけど、でも……)
水位が高くなるにつれて不安が増して、思わず足を止めてしまう。
オリオン「大丈夫だと言っている」
○○「大丈夫って……」
オリオン「言葉の通りだ。怖がるな。俺を信じろ」
両手を重ね合せて、オリオンさんは私を海の中へと誘う。
大きく息を吸い込み、私は水面に顔をつけた…―。
…
……
オリオンさんに両手を取られたまま、海深くへともぐっていく。
(冷たく……ない?)
水の中を泳いでいる感覚はあるのに、肌に触れる水はまるで冷たさを感じなくて……
私は、固く閉じていた目を恐る恐るゆっくりと開いた。
(わあ……)
薄青の世界の中で、陽の光が幾重にも筋を作り出す。
オリオン「そのまま、口を開けて俺に返事をしろ」
(返事って……水の中じゃ。 あれ?でも今のオリオンさんの声はよく通っていたような……)
○○「オ……オリオンさん……?」
声を出してみて初めて息苦しさを感じないことに気づいた。
○○「これは……」
(海の中で普通に話せる……!)
オリオン「わかったか?」
まだ不安をぬぐえなくて、私は口を閉じたまま首を横に振る。
オリオン「ここは、海底国と地上の人間が分かたれる前の太古の海だ……」
(太古の海……?)
目を瞬かせる私を見て、オリオンさんはくすりと微笑んだ。
オリオン「話しただろう?昔は地上に暮らす人間も海の中で呼吸をできていたと
ならば……」
○○「なら……?」
オリオンさんはふと、光が差し込む海の上へと視線を向ける。
オリオン「この海こそが、シエルマーリンの神殿なのかもしれないな」
(ここが……)
オリオンさんは何かを感じるように瞳を閉じ……やがてゆっくりと目を開けた。
○○「オリオンさん……?」
オリオン「せっかくだ。海の中を堪能するとしよう」
オリオンさんは私の手を離し、泳いで先へと進んでいく。
○○「オリオンさん!」
また一人取り残される不安が押し寄せ、私は彼の名前を呼んでいた。
オリオンさんは振り返り、手を伸ばす私へと笑いかける。
オリオン「さあ、俺を求めるなら……ここまで泳いでこい。 この海ならば、お前と俺は対等だろう。 それとも、また留守番をしたいのか?」
彼の言葉に、私は…―。
○○「……一人にしないでください!」
オリオンさんの胸へと飛び込むと、彼の腕が優しく私を抱き上げた。
私の顔を覗き込み、オリオンさんは意地悪な笑顔を浮かべていた。
オリオン「そんなに俺といたいのか?」
夢中で彼の元へと泳いだ自分が、今さらになって恥ずかしくなる。
寄せられる鼻先から逃げるように、私は視線を逸らした。
オリオン「どうした?何をそんなに恥ずかしがる必要がある? お前はもっと……俺を求めろ。 俺と同じくらい、いや……それ以上に」
オリオンさんの手が私の頬を優しく滑る。
○○「くすぐったいです……」
オリオン「我慢しろ。海の中でこうしてお前といられるなんて…―」
そこで一度言葉を切って、オリオンさんは目を閉じた。
オリオン「ここは原始の海……地上の人間と海底国の人間が、交わることのできた美しい海……」
ゆっくりと開かれた彼の瞳は、水の煌めきが閉じ込められているかのように綺麗だった。
オリオン「そんな美しい海を取り戻したいと……思った。 俺と、お前で……」
オリオンさんが私を抱いたまま、海の中をゆっくりと泳ぎ出す。
(この海でなら……私はオリオンさんと一緒に泳ぐことができる)
彼に引かれるだけではなく、自分の足で水中を蹴った。
オリオン「……美しいな」
○○「え……?」
オリオン「人魚が美しいと言われるが、お前が泳ぐ姿は人魚に勝る。 その華奢な指先も……その珊瑚のように色づいた頬も。 俺のものだ」
頭を引き寄せられ、強引に唇が重なる。
(この場所から出ても、どこにいても……。私はずっと、オリオンさんと一緒にいたい)
重なり合うキスに溺れるように、私はそっと瞳を閉じた…―。
おわり。