月最終話 想うだけでは

満月の光に照らされた、美しい庭園で…-。

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カゲトラ『俺はあの小説を、恋文だと思ってる。 あの小説は作者である松影の書いた作品の中で、唯一結ばれなかったものだ。 そして……それを最後に、松影は執筆をやめている』

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新しい煙草に火をつけるカゲトラさんが、私に向き直る。

カゲトラ「『たとえ厚い雲が月を隠そうとも構わない。 この目に映らなくとも、美しき月は雲の向こうで煌々と輝いているのだから』」

〇〇「それって、小説の最後の一文ですよね?」

カゲトラ「ああ。 松影の作品には少し特徴があってな。こういった終わり方は珍しいんだ。 そして……この作品は、松影の自伝的小説なんじゃないかとも言われてる」

〇〇「自伝……」

カゲトラさんが、これまでよりも少し長めに煙を吐く。

その胸中にどんな想いがあるのかはわからなかったけれど、再び月を見上げる彼の瞳は、切なげに細められて……

 

カゲトラ「そこにどういった意味があるのか、真実は作者本人にしかわからねえ。 だが……この小説を最後に、松影は筆を置いた。 ずっと書き続けてきた小説も築き上げた名誉も、何もかも捨てて……。 そんなのは生半可な覚悟でできるもんじゃねえ。 特に松影は、書くことに人生のすべてを注ぎ込んできたような男だからな」

〇〇「そう……だったんですね」

小説に描かれていた切ない恋や、作者である松影の想い……

それらを想像するだけで、ぎゅっと胸が締めつけられる。

カゲトラ「だからあの小説は、作者の最後の恋を描いた実話で……。 愛する女への想いが詰められた、恋文なんじゃねえかって思ったんだ。 自分に本当の恋を教えてくれたことへの感謝や、行き場のない想い……。 そういったもんが詰められた、誰にも届くことのない恋文だってな。 見当はずれな解釈かもしれねえけど……俺にはそう感じられた」

カゲトラさんの少しかすれた声が、胸に切なく響く。

そんな彼のことを見ているうちに…―。

〇〇「カゲトラさんは……もし同じ立場だったら、どうしますか?」

そんな言葉が、口をついて出た。

カゲトラ「え?」

(私……何言ってるんだろう)

〇〇「いえ、なんでもないです。 作者の気持ちにすごく同調してるように見えたから、その……」

誤魔化しつつも言い淀んでいると、カゲトラさんは煙草をもみ消してから、真剣な表情で私を見つめた。

カゲトラ「俺は、どんなにみっともねえ姿を晒そうとも、お前を奪いにいく」

〇〇「……!」

カゲトラさんの力強い言葉に、大きく鼓動が跳ねる。

カゲトラ「あいつらの愛の形を否定するつもりは毛頭ねえが……。 想うだけなんて無理だ。愛する女は、この手で抱きしめたい」

そこまで言うとカゲトラさんは、ふっと表情を緩めた。

そして、ゆっくり私に片手を伸ばし……

カゲトラ「お前は?」

優しい声色で問いかけると、私の腰に緩く腕を回す。

カゲトラ「……俺に、奪われてくれるか?」

(カゲトラさん……)

熱くなる頬を自覚しながら頷くと、一気に私を抱き寄せる力が強くなった。

かと思えば、少し強引に顎を持ち上げられる。

〇〇「……!」

唇が重なり、さっきまで彼が吸っていた煙草の香りが広がった。

けれどその口づけは、すぐに甘さをはらむものへと変わり……

カゲトラ「絶対に……お前を離さねえ」

唇を離したカゲトラさんが、私をきつく抱きしめる。

いつも優しい彼の静かな情熱を、体いっぱいで感じる私の目には、肩越しに見える美しい満月が映っていたのだった…-。

おわり。

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