月最終話 恋い焦がれて

月の光に照らされた庭園に、虫の鳴き声が静かに響く…-。

藤目「こんな時間にすみません。先ほど書き上がってようやく推敲を終えたので……」

藤目さんの目の下にはくまができていて、いつになく疲れた様子が気にかかる。

〇〇「藤目さん、もしかしてあんまり寝てないんじゃ……」

私の心配を否定するように、藤目さんが首を振った。

藤目「貴方に会いたいのに、会えない。そう感じたことはこれまで何度もありました。ですが……。 ふとした時に月を見上げ、貴方が言っていた言葉の意味がわかった気がしたんです」

〇〇「私の言葉、ですか?」

なんのことかわからずに首を傾げると、藤目さんが微笑む。

藤目「会える距離にいるのに会えないのは、こんなにも苦しく切ないものなのだ……と」

(あ……)

―――――

〇〇『会いたいと思えば会える距離にいるのに会えないのは、きっと寂しかったでしょうね。 会えないのが辛いから月を見たくないって思うことは、なかったのかな……』

―――――

藤目さんがそっと私の手を取り、確かめるようにぎゅっと握る。

切なげに伏せられたまつ毛が、月の光で淡い影を落としている。

藤目「とはいえ、私は松影とは違い、原稿さえ上げれば貴方に会いに行くことができる。 だから書き上げよう、そして少しでも早く貴方に会いに行こうと……。 そんなことを考えながら、月を見上げていました。松影のように」

(『月夜ニ君ヲ想フ』……)

まるであの小説の二人のように過ごしたこの数日間のことを思い返す。

〇〇「私も、何度も藤目さんのことを考えていました。 月を見る度に、会いたいって……」

恥ずかしさを覚えながらもそう言うと……

藤目さんの手がそっと私の頬に触れ、顔が近づく。

藤目「申し訳ないと言わなければいけないのに、頬が緩んでしまいますね」

藤目さんは、言葉通り嬉しそうな表情を浮かべ、くすりと笑みを漏らした。

藤目「けれど、私は月だけではありません」

〇〇「え?」

藤目「執筆中、ふと窓から見上げた空に月を見た時……。 いえ、朝のまぶしい日の光も、空を切なく染め上げる夕焼けも……。 美しい空を見る度に、私は貴方を思い出しました。 貴方もこの空を見ているだろうか、退屈していないだろうか、今何をしているだろうか……」

藤目さんから紡がれる言葉ひとつひとつが、心に静かに染み込んでいく。

大切な人が自分を想ってくれている幸福感に胸が震えた。

藤目「〇〇さん……」

会っていなかったのはほんの数日なのに、私の名前を呼ぶ声も随分久しぶりに聞いた気がして、切なげな声色に、心が甘く締めつけられる。

藤目「貴方を想い、恋い焦がれる時間は嫌いではありません。 でもやはり……こうして貴方と会えてこそ、私の心は満たされる」

愛おしそうに私を見つめる彼の瞳が、私の胸を震わせる。

見つめ合い、触れられる距離にいられることが幸せで……

〇〇「私も、月を見上げて想うより……藤目さんに会いたいです」

正直な気持ちを告げる私に、藤目さんがふっと微笑んだ。

藤目「私は『月夜ニ君ヲ想フ』のような物語の主人公にはなれないかもしれません。 忍ぶ恋ができるほど我慢強くないですし、何より……。 貴方への想いを月に秘めるなどできなさそうです」

諦めるように笑う藤目さんを見ていると、私も頬が緩む。

藤目「貴方に会えない間、身を焦がすような苦しい想いも、会えた時の喜びも……。 全部、貴方が教えてくれたのです」

触れるほどの距離で囁かれ、彼の熱い吐息が唇をかすめた。

藤目「だから私の物語には、私と貴方がいればそれで充分なんです」

〇〇「藤目さん……」

藤目「〇〇さん……愛しています」

藤目さんがわずかに頬を赤らめ、ゆっくりと、慈しむように優しいキスを落とす。

夜の庭園で抱きしめ合う私達二人を、柔らかな月の光が照らしていた…-。

おわり。

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