窓から差し込む月明かりが、筆を走らせる私の手元を照らす…-。
(〇〇さん……今というこの瞬間、貴方は何をしているのでしょうか?)
(待たせてしまって、退屈をしていないでしょうか?)
藤目「すべては、私の原稿が遅れているのがいけないのだが……」
〇〇さんのことを想うだけで胸が軋む。
(ああ……なんて苦しいのだろう)
静寂の部屋に、深いため息が響き渡った…-。
見上げると、夜空に浮かぶ月がいつになく美しく輝いている。
(こんなにも月を愛おしいと思う夜があっただろうか?)
(今ならば、私にも松影の気持ちがわかる)
藤目「……会いたい」
一つ言葉がこぼれ落ちると、止めどなく彼女への想いが溢れ出す。
藤目「〇〇さん、貴方に早く会いたい」
(こんなに近くにいるのに、会うことができないなんて……)
切なさで締めつけられる胸の痛みは愛の言葉へと変わり、真っ白だった原稿を埋めていく。
(〇〇さんに出会い、たくさんの恋の痛みを知った)
(そう思っていたけれど……)
(この痛みは……いつもとは違う)
彼女に教えられた痛みを抱えながら、私は一心不乱に筆を走らせた…-。
…
……
それから幾日か経ち、満ちていた月が欠け始めた頃……
藤目「……できた」
ようやく小説を書き上げることができた。
(これで、やっと貴方に会いに行ける)
疲れや眠気など感じないほどに、気持ちが昂っている。
(〇〇さん、待っていてください)
私は、〇〇さんの元へと急いだ…-。
…
……
まるで私と〇〇さんの逢瀬を祝福しているかのように虫が涼やかな声で鳴いている…-。
〇〇「私も、何度も藤目さんのことを考えていました。 月を見る度に、会いたいって……」
(今……なんて?)
恥ずかしそうに目を瞑る姿が、とても愛おしくて……
(寂しい思いをさせていたのに……)
(貴方にそう思ってもらえていたことを、嬉しく思ってしまう)
(……私は、なんていけない男なのでしょう)
彼女の頬に触れて、私に視線を向けさせた。
藤目「申し訳ないと言わなければいけないのに、頬が緩んでしまいますね。 けれど、私は月だけではありません」
〇〇「え?」
会えなかったこの数日間のことを思い出すだけで、胸が小さく軋む。
藤目「執筆中、ふと窓から見上げた空に月を見た時……。 いえ、朝のまぶしい日の光も、空を切なく染め上げる夕焼けも……。 美しい空を見る度に、私は貴方を思い出しました。 貴方もこの空を見ているだろうか、退屈していないだろうか、今何をしているだろうか……」
(そう、いつ何時も……)
(私の心から貴方が消えることはなかった)
ようやく会えた現実の彼女は、揺れる瞳で私を見上げている。
わずかに上気した頬は月明かりに照らされて、触れてわかるほどに熱い。
(こうして貴方に、触れていたい)
藤目「〇〇さん……。 貴方を想い、恋い焦がれる時間は嫌いではありません。 でもやはり……こうして貴方に会えてこそ、私の心は満たされる」
(『月夜ニ君ヲ想フ』……)
(とても美しい物語だけれども、私には彼らのような恋はできない)
(私はやはり、触れられる距離で貴方を感じていたい……)
彼女はためらいがちに口を開いた…-。
〇〇「私も、月を見上げて想うより……藤目さんに会いたいです」
彼女のその言葉が……
(……ああ……まただ……)
私にまた新たな物語を運んでくる…-。
藤目「貴方に会えない間、身を焦がすような苦しい想いも、会えた時の喜びも……。 全部、貴方が教えてくれたのです」
艶っぽい彼女の瞳に、私の姿が揺れている。
これからもその瞳が、私にだけに向けられるものであってほしい…-。
(大切な……私の奥さん)
(さあ、思わらない物語を共に綴りましょう)
彼女の柔らかな唇に、私はそっと口づけをした…-。
おわり。