それから…-。
もう一度宝石店での聞き込みをしようという話になり、私は準備のために部屋に戻った。
(あれ?)
部屋の机に見覚えのないメッセージカードが置かれている。
(なんだろう?)
そっと取り上げてみると……
『太陽が青き空を奪う頃、貴女のハートと助手の座を奪いに参上します 怪盗サファイア』
美しい青いインクで書かれた字に、目を瞬かせる。
〇〇「怪盗……サファイア?」
(誰かのいたずら……かな?)
突然の出来事に呆然としていると……
サイ「〇〇?」
〇〇「あ、サイさん……」
扉の外からサイさんの声が聞こえ、ハッと我に返る。
(今は依頼に集中しないと)
メッセージカードのことを考えるのはひとまず後回しにして、私は部屋を出たのだった…-。
…
……
私達はそれから、宝石店の店員さんや周りの人達から情報を集めた。
サイさんの丁寧な物腰に、たくさんの人が協力してくれて、調査はすんなりと進んでいって……
太陽がもう沈もうとする頃、私達は集めた情報を整理しながら、依頼人の待つ喫茶店へと向かっていた。
サイ「彼女が好きな宝石は真珠で、好きな花はスミレ……」
〇〇「それに、今お付き合いしている方はいないって話でしたね」
聞き込みで得た情報を付け足すと、サイさんはメモを取る手を止めて考え込む。
サイ「……この情報は、お節介かな」
〇〇「うーん……でも、もしかすると彼の背を押す情報になるかも……」
考え込んでいると、ふとサイさんが私のことをじっと見つめていることに気がついた。
〇〇「サイさん?」
サイ「あ、いや……」
歯切れの悪い返事がかえってきて、私は小さく首を傾げる。
(まだ何か、調べ忘れたことがあったかな?)
〇〇「あ……喫茶店が見えてきました。行きましょう?」
足を踏み出そうとした、その瞬間…-。
サイ「……〇〇!」
突然、大声で呼び止められて私は動きをぴたりと止める。
振り返ると、サイさんの切なげな眼差しと視線が重なった。
サイ「その前に……確かめたいことがあるんだ」
〇〇「え……?」
一歩、サイさんが私に近づく。
淡い橙色の光を背にしたサイさんは妖しげな魅力をまとっていて、私は思わず息を呑んだ。
サイ「怪盗サファイアの犯行予告……届きませんでしたか?」
〇〇「……!」
(怪盗サファイアって……あのカードの? じゃあ、あれはサイさんが?)
戸惑う私にサイさんの手が伸び……
〇〇「……っ」
奪われるように体を引かれ、気づけば彼の腕の中に収まっていた。
〇〇「あ、あの……?」
頬がかっと熱くなり、胸の鼓動がサイさんにも伝わってしまいそうなほどうるさい。
サイ「依頼を完遂するためには、真剣に恋をする彼の気持ちを理解することが必要……。 だから、私は自分の恋に向き合うことにしました……〇〇さん」
艶めいた声色で囁きかけられ、熱がますます高まっていく。
(サイさんの恋……?)
すると…-。
サイ「……ごめん」
いつもの調子に戻ったサイさんが、困ったように微笑む気配がした。
サイ「……突然のことで驚かせているよね?」
顔を上げると、熱をはらんだように潤む青い瞳と目が合った。
サイ「でも、僕は〇〇の心を奪いたいから」
〇〇「どういう状況か……掴めなくて……」
ドキドキと高鳴る鼓動を持て余しながらも、私はどうにか言葉を絞り出す。
サイ「依頼人の気持ちがわからないのに、この調査をできるはずがない……。 ティーガとリドに、そう言われたんだ」
〇〇「え……」
サイ「真剣に、一人の女性に恋をする気持ち……僕が君を想うこの気持ちに、向き合わないと駄目だって。 それで、その……女の子が憧れるシチュエーションっていうのを、考えたんだけど……。 君は……こんな告白は嫌だった?」
おずおずと問われて、ようやく頭が現実に追いつく。
〇〇「私のために……?」
彼が小さく頷く。
(サイさんがまさか……こんなことするなんて)
ドキドキと高鳴る胸に、次第に幸せな気持ちがいっぱいに広がっていく。
(サイさんも恋について考えてたんだ)
その相手が自分だったことが、この上なく嬉しくて……
彼をまっすぐに見つめ、私は笑顔で答えた。
〇〇「私のハートは、サイさんのものです」
サイ「……!」
サイさんが私の体を解放し、今度は優しく手を取る。
サイ「……では、貴女は助手ではなく……私の恋人ということで」
手の甲に柔らかなキスが落とされる。
その感覚に甘い疼きを覚えながら、私は深く頷いた。
こうして…-。
サイさんは探偵としてだけではなく、恋を成就させた先輩として依頼人の男性にアドバイスをした。
数日後……依頼人の男性と宝石店の彼女が二人、幸せそうな笑顔を浮かべ事務所を訪れたのだった…-。
おわり。
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