降りしきる雪の中、私はレイヴンさんの虚ろな瞳を見つめた。
〇〇「聖堂に……行ったんですか?」
レイヴン「……はい」
彼は表情を変えることなく、ただわずかに頷く。
〇〇「! じゃあ、この鐘が鳴っているのは……」
―――――
レイヴン『そこで自らの罪を懺悔した後に鐘が鳴れば……その罪は許され、祝福が与えられるそうです』
―――――
(これで、レイヴンさんが罰を受けることはない……)
安堵していると、彼は微かに首を横に振る。
レイヴン「鐘は……鳴りませんでした」
〇〇「え……?」
彼の言葉に、ドクンと大きく心臓が跳ねた。
〇〇「だって……鳴ってるじゃないですか」
心まで凍えていくのを感じながら、私は驚いて彼に問いかける。
レイヴン「……〇〇様? 何を言ってるのですか?」
鐘の音が確かに聞こえるのに、レイヴンさんは悲しげに首を傾げるばかり……
(まさか……レイヴンさんには聞こえていないの!?)
〇〇「レイヴンさん、あの…-!」
レイヴン「やはり……私は許されてはいなかった」
つぶやくようにそう口にすると、レイヴンさんは両手で顔を覆った。
〇〇「違う……違います!」
彼の心に届くように、必死で呼びかけると…-。
腕に閉じ込めるように、彼は私を深く抱きしめた。
レイヴン「私は罪を重くしてしまいました。 ……あなたと過ごすひとときを望み、欲を肥大させてしまった」
小さく首を振りながら、まるで独り言のようにレイヴンさんは話し続ける。
レイヴン「あなたの笑顔を、優しい眼差しを、私にかけてくれる言葉を……求めすぎてしまった」
何かに苛まれるように、レイヴンさんが苦しげに声を上げる。
(深い……自責の念)
私は、彼に鐘の音が聞こえない理由を理解した。
(レイヴンさんは、鐘の音が聞こえないんじゃない)
(聞こうとしていないんだ……)
悲しみと失意に支配され……それでも私は彼に語りかける。
〇〇「レイヴンさん……鐘は鳴っています。私には聞こえています。 お願いです、罪の意識を解いて……鐘の音を聞いてください。 自分を、許してあげてください」
レイヴン「〇〇様……」
私の言葉が届いているのか、いないのか……
彼は私を抱きしめる腕に力を込めると、もう一度口を開く。
レイヴン「あなたはいつか言いましたね。クリスマスには、大切な人と笑顔で過ごすと……。 私は今日、あなたにその幸せをもらいました」
レイヴンさんは私の瞳を見つめて、この上なく優しい笑みを浮かべた。
レイヴン「そしてその分、罰が下るのでしょう」
〇〇「そんな…-」
真っ白に閉ざされていく世界で、私を抱きしめるレイヴンさんの腕はただ温かくて…―。
触れ合うところから、彼の想いが伝わってきた。
レイヴン「すみません……」
彼は私の腕を解くと、懐から小さな箱を取り出した。
レイヴン「この審判が終わった後、あなたへ贈ろうと思っていました」
彼は箱を開けると、中のものをそっと私の手のひらにのせた。
(白い花の、ネックレス……)
かじかむ手で、雪のように冷たくなったネックレスを包み込む。
幸せと悲しみが降り混ざり、胸が破けてしまいそうだった。
レイヴン「いかに罰が重くなろうとも……今だけは、あなたを想うことを止められない」
〇〇「レイヴンさん……」
レイヴン「私はすべての罪を受け入れる。だから、今だけは……」
〇〇「っ……」
次の瞬間、吐息まで奪われるように唇を塞がれて……
雪に閉ざされ全身が冷たくなっていく中、互いの唇だけが熱をはらむ。
(熱い……)
(これは……私への想いだって、思ってもいいですか?)
唇が離れると、私は彼の胸にすがるように体を預けた。
〇〇「レイヴンさん……名前を、呼んでください」
レイヴン「〇〇様……。 ……〇〇」
お互いの熱を求め合うように、もう一度深く唇を重ねる。
何もかも真っ白に塗り尽くされる静かな夜に、鐘は澄んだ音を立てて鳴り続けた。
(どうか私達に、奇跡を)
自分を許すことができない彼に与えられた、一瞬の幸せ…-。
(私の想いを、どうかレイヴンさんに全部伝えて)
(彼の心を……溶かせるように…-)
私は彼の背中に腕を回して、強く強く抱きしめる。
その時…-。
レイヴン「……っ」
彼が一瞬、驚いたような顔をした。
けれどすぐに…-。
レイヴン「〇〇……」
絞り出すような声で名前を呼ばれ、また深く口づけられる。
重ねられた唇は、長く離れることはなく……
この瞬間が氷に閉ざされ永遠に溶けないでほしいと、そう願わずにはいられなかった…-。
おわり。