月8話 聖なる粉

瘴気の立ちこめる禁止区域から城へ戻ったルシアンさんは、その問題の解決方法をずっと探し続けていた…-。

ルシアン「……」

バルコニーに鳥達が集まってきても、心ここにあらずのままで……

〇〇「ルシアンさん……大丈夫ですか?」

ルシアン「……!」

心配になって声をかけると、ルシアンさんは驚いた様子で肩を震わせた。

それと同時に、鳥達がいっせいに飛び立っていく。

〇〇「ごめんなさい、驚かせてしまって」

ルシアン「いや……」

〇〇「隣に行ってもいいですか?」

ルシアン「ああ……」

そっと隣に歩み寄り、彼を見上げる。

ルシアンさんの横顔は、前よりも少しやつれているように思えた。

ルシアン「運が悪いな。ミカエラが外遊で不在だなんて……」

〇〇「ミカエラ、さん?」

初めて聞く名前に首を傾げながら問い返すと、ルシアンさんはハッとした表情を見せた。

ルシアン「……ミカエラは、双子の弟だ」

〇〇「そうなんですね」

(兄弟がいるなんて、そんな素振りを見せなかったから……)

ルシアン「あの禁止区域の件を、報告しなければと思ったんだが。 あいつなら、きっとすぐに解決してくれるだろうからな」

はっきりとそう言い切るルシアンさんの様子から、弟さんを信頼していることが伝わってくる。

〇〇「頼りになる弟さんなんですね」

ルシアン「……ああ、大事な弟だ」

(ルシアンさん?)

珍しく笑うのに、その笑みがどこか悲しげでちくりと胸が痛んだ。

(弟さんと何かあったのかな……?)

ルシアン「だが、これ以上は時間が無い……一人でやるしかないな」

〇〇「え……?」

決意を固めた様子で、ルシアンさんが静かに瞳を閉じる。

ルシアン「瘴気を放つ沼の侵食を防ぐには、聖なる粉が効くはずだ。それを空から撒く」

〇〇「聖なる粉……?」

ルシアン「この国代々伝わる魔法具の一つだ。強い瘴気を抑える効果がある」

〇〇「ルシアンさんが、一人で……? 誰かに手伝ってもらった方が」

ルシアン「いや、それはできない」

その時…-。

従者「そうです、ルシアン様! どうかお考え直しください!」

どこかで話を聞いていたのか、従者さんが飛び出すように現れた。

ルシアン「お前は……」

従者「羽が黒くなった後も……あの森の瘴気にあてられ、体を悪くした者もいると聞きます。 どうか……」

ルシアン「……それでも、やるしかない。 もう、俺のような者が現れないように」

従者「……ルシアン様」

ルシアンさんの強い決意を感じ取ったのか、従者さんがくずれおるようにうなだれる。

〇〇「ルシアンさん、私にお手伝いをさせてください」

ルシアン「駄目だ。言っただろう。 羽がないとはいえ、あんなに強い瘴気、悪影響がないとは言い切れない」

〇〇「それは、ルシアンさんだって同じです。お願いします……一人より二人の方が、きっと早く済みます」

ルシアンさんの決意同様、私も断固として譲らない構えで言うと……

ルシアン「わかった。だが、無茶はしないでくれ」

ルシアンさんは、諦めたように短くため息を吐いた…-。

……

そして……

ルシアン「準備はいいか?」

〇〇「はい……!」

聖なる粉をいっぱいに詰められた袋を手に、私達は禁止区域の前までやって来た。

ルシアン「……行くぞ」

ルシアンさんに抱き上げられ、私は大空へと舞い上がった。

空は、どんよりと曇っていた。

急に辿り着いた高さと、冷たい空気に体が震えてしまう。

ルシアン「……怖いか」

ルシアンさんが気遣わしげに私を見下ろす。

(心配かけちゃ駄目だ……無理を言って来てるんだから)

〇〇「だ、大丈夫です!」

ルシアン「……そうか。強いな」

かすかなその微笑みが、私の胸をドキリと鳴らした…-。

そして私達は、黒い森の真上に辿り着いた。

(あれは瘴気……?)

森の深部の上空には、黒く淀んだ色の空気が立ち込めている。

ルシアン「だいぶ濃くなっているな……。 〇〇、粉を」

ルシアンさんに促され、袋から粉を手に乗せ、ふわりと空中に投げる。

すると…-。

きらきらと輝く粉が届くと、黒い瘴気はたちまちに消えていった。

ルシアン「よし、いいぞ……このまま続けよう」

私とルシアンさんは夜になり瘴気が消えるまで……聖なる粉を撒き続けた…-。

……

何とか二人で瘴気を乗り切り、聖なる粉を撒くことに成功した。

〇〇「これで……大丈夫でしょうか?」

ルシアン「ああ……ありがとう」

(良かった……!)

禁止区域の前に二人で立って、微笑み合う。

その時…-。

少女「あ……」

森にやってきたのだろうか、ひとりの少女にその姿を見られてしまう。

ルシアン「お前は……」

ルシアンを見た少女は、血の気の引いた顔になり……

少女「くろいはね……こ、こわいよう!」

ルシアン「……!」

怯えた様子で、駆け出してしまった。

〇〇「あ……待って!」

追いかけようとした私の腕を、ルシアンさんが掴む。

ルシアン「いい。この場からは早く離れるべきだからな」

〇〇「よくないです! きっとあの子、誤解して…-」

ルシアン「……いいんだ」

私の腕を掴むルシアンさんの力が強くなる。

その力に、私は何も言うことができなくなった…-。

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