月最終話 唯一人の味方

深く濃い夜の闇が、ルシアンさんの部屋を哀しげに染め上げている…-。

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ルシアン『俺は、国を出ることに決めた。 この国に、黒い羽の者はいらない。 ならば……俺はいなくなるべきだ』

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あの後、私が何と言ってもルシアンさんの決意は揺るがなかった。

(ルシアンさんは本当は誰よりも優しくて、立派な人なのに)

その悔しさを噛み締めながら、私は旅立つルシアンさんの部屋を訪れていた…-。

〇〇「どこへ行くんですか?」

ルシアン「まだ決めていない。 でも最後に……この国で一番好きだった場所に行こうと思っている」

〇〇「ルシアンさんの一番好きな……。 私も、ついて行っては駄目ですか?」

ルシアン「駄目だ。お前はもう、俺から離れるべきだ」

私の方を見ないままに放たれたその言葉を聞いて、胸がひどく軋む。

〇〇「……」

ルシアン「そんなつもりはなかったのに……すっかり巻き込んでしまった」

〇〇「それは、私がしつこかったから……」

ルシアン「全く、変な奴だ」

ルシアンさんの瞳は、初めて会った時よりも柔らかな……そして哀しげな色をたたえている。

どうしても離れがたくて、私はもう一度彼に懇願するように問いかけた。

〇〇「……ルシアンさん、私も連れて行ってくれませんか?」

ルシアン「……断っても、ついてくるんだろう」

するとルシアンさんはどこか嬉しそうに微笑んでくれたのだった…-。

……

ルシアンさんと一緒に向かった先は、禁止区域にほど近い花畑の奥だった。

(……あっ!)

花畑の奥は森になっていて、さらに深く進んだ先には小さな泉が隠れていた。

夜の月明かりに照らされ、幻想的に光る水面にうっとりと見とれてしまう。

〇〇「すごく綺麗な場所ですね」

ルシアン「ああ、大好きな場所だ。子どもの頃、よくここで遊んだ……」

〇〇「……ミカエラさんと、ですか?」

ルシアン「ああ……その通りだ。 ミカエラと俺……他にも、皆でここで遊んだな」

懐かしそうに目を細めると、彼は服が濡れることも厭わず、ゆっくりと泉の中へ入っていった。

水を弾く真っ黒な羽が、美しく水滴を纏い月明かりに彩られる。

(なんて、綺麗なんだろう……)

〇〇「……綺麗」

思わず声に出すと、ルシアンさんがこちらを振り返った。

はっと息を呑むほどの美しさにしばし言葉を奪われる……

ルシアン「ミカエラは、俺がいなくなって心が軽くなることだろう」

〇〇「え……?」

ルシアン「俺が禁止区域に立ち入り、羽が黒くなってしまったのは……。 ミカエラが禁止区域に落ちそうになって、瘴気に当たりそうになったのを庇ったせいだ。 ちょうど……この泉の向こうの、禁止区域で……」

ルシアンさんは、ただ静かに言葉を紡いだ。

あまりに悲しすぎる声色に、胸の辺りが苦しくて仕方なくなる。

〇〇「でも……実のお兄さんがいなくなったらきっと、寂しいと思います」

ルシアン「俺が苦しんでいても?」

〇〇「え……?」

(苦しい?)

泉の水を片手ですくい、ルシアンさんはそれをじっと見つめる。

ルシアン「……あの国にいるのはもう限界だった。息が詰まって窒息しそうになる。 それでも……俺は、あの国に縛りつけられていた」

悲痛な叫びに胸が焼かれ、じっとルシアンさんを見つめていると……

ルシアン「……こっちへ来てくれないか」

月の光を浴びながら、ルシアンさんがすっと私に手を差し出した。

〇〇「……」

そのまま誘われるように、私も彼がいる泉の中へと入っていくと……

〇〇「……!」

ルシアンさんに腕を掴まれ、ぐっと引き寄せられた。

跳ねた水しぶきが、月光に小さく煌めく。

ルシアン「お前だけは、味方でいてくれ」

頬に手を添えられ、やがて顔が近づく…-。

〇〇「ルシアンさ…-。 んっ……」

名前を呼ぶ隙も与えられず、唇が深く塞がれる。

ルシアン「……っ」

息継ぎも許さないくらいに繰り返されるキスに、体が熱くなっていくのに……

(悲しい……)

胸がこれ以上ないくらい締め付けられると、今度は目に涙が浮かんでくる。

ようやく唇が離れた後……ゆっくりと瞳を開いて見えたものは、ルシアンさんのひどく悲しい笑みだった。

ルシアン「お前はこの羽の色のことを自然に受け入れ、ただ純粋に俺のことを見てくれた」

水の冷たさと、ルシアンさんの熱い体温を感じながら、私はただじっと彼の瞳を見つめ続ける。

やがて……

ルシアン「だからどうか、俺のことを嫌わないでくれ……〇〇……」

今にも泣き出しそうな顔を向けられれば、切なさに心が張り裂けそうになる。

〇〇「嫌いになったりしません。 ルシアンさんに……どこまでもついていきます。 だって、私はしつこいですから……」

涙を堪えて微笑むと、ルシアンさんが額を私の顔にさらに寄せた。

ルシアン「〇〇……。 〇〇……そうだな、お前と一緒なら……。 どこまでも遠くへ……どこへだって行けそうだ。この羽が、黒くとも……」

〇〇「綺麗な羽です。 私の知っている羽の中で、ルシアンさんのものが一番、綺麗で素敵です……」

ルシアン「ありがとう……」

彼の頬に手を添えて、今度は私からキスを落とす。

たとえ世界中が彼を拒絶したとしても、私だけはずっと傍に寄り添うと……

ひとつ、そう誓いを立てるように…-。

おわり。

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