薄黒い雲の向こうで、月の光がおぼろに揺れている…ー。
サーカステントに押し入ってきた大人達から逃げて来た俺達は、近くの森に身をひそめていた。
(……どうにか、眠れたようだな)
身を寄せ合い眠る団員達を見て、ほっと息を吐く。
昼間の出来事に怯える子ども達は、なかなか寝ついてはくれなくて……
ネロ「……あいつだったら、もっと上手く寝かしつけるんだろうな」
木の幹に背を預けながら、気づけばそんなことをつぶやいてしまった。
ネロ「○○……」
(あいつ、ひどい目に遭ってないかな)
必死で団員達を逃してくれた○○を、俺は置き去りにしてしまった。
(……今さらだ。それに、あいつだって大人なんだ)
ネロ「憎らしくて汚い……大人なんだ……」
小さくなってしまった自分の手を見つめながら、俺は自分に言い聞かせるようにそうつぶやく。
なのに、俺の心には○○の笑顔ばかりが浮かんでくる。
(……どうせ、もうあいつに会うことはない)
子ども達を連れ、俺はチルコから離れることを決めていた。
(忘れよう……)
…
……
なのに…ー。
ネロ「……あんたはなんで戻ってきたんだ?」
チルコへと戻った俺を待っていたのは、○○の姿だった。
(……なんで)
ネロ「もしかして、この薬を手に入れてこいって言われた?」
無性に苛々してしまい、言葉が自然ときつくなる。
(あんたはいつもそうだ)
(俺の気持ちになんて構わず、どんどん押し入ってきて…ー)
○○「っ……」
彼女の澄んだ瞳が、哀しげに揺れる。
(綺麗な目だ……)
(そんな純粋な目をしてるのに、あんたはどうして大人なの?)
(あんたも、俺を裏切るの……?)
思考が、だんだんと乱れていく。
ネロ「そうだ……大人は皆、そういう奴らなんだ。 あんただって……そうなんだろ?」
(もっと早く、あんたに会えてたら……)
手の中で『子どもでいられる薬』の小瓶を転がす。
その中にはまだ……ほんの少しだけ、薬が残されていた。
(きっと、○○はどこかで間違っちゃったんだ)
(間違って大人になっちゃったんだよね)
○○「ネロ、それは…ー」
手元の小瓶に気づいた彼女が、ハッとしたように顔を上げた。
ネロ「でも、大丈夫だよ」
○○「……っ!」
○○の手首を掴むと、強引に床に押し倒した。
ネロ「俺があんたを……綺麗にしてあげる」
○○「ネロ……やめて……!」
抵抗しようとする○○の体を床に縫い止めて、薬の小瓶を、その口元へ寄せる。
ネロ「あんたは俺と一緒にいたいから、俺が好きだから……追いかけてきたんだろ? ……でも俺、大人は嫌いなんだよ。 だから、一緒にいられるようにしてあげる」
見開かれた○○の、瞳に、恐怖の色が映っている。
(怖くないよ……)
ネロ「心配しないでいい……。 痛くもなんともないし、これを飲めば、穢れたあんたの体も綺麗になる。 俺達の仲間になれるよ」
○○「でも、そんなのは……」
これまで言葉を発しなかった彼女が、小さく抵抗の意志を示す。
(追いかけてきたくせに、なんでためらうの!)
(嫌だよ……)
絶望的な気持ちが込み上げ、目頭が熱くなってくる。
(俺、あんたに裏切られたら……本当に死んじゃうくらい悲しいよ)
(悲しくて悲しくて……あんたをきっとどうにかしちゃうよ……)
(だから……そんなことが起こらないために……)
ネロ「子どもになろう?そうすれば、幸せになれるよ」
ねだるように囁いて、今度こそ小瓶をその唇に押しあてる。
(綺麗な唇……これが子どもの姿になれば、もっと……綺麗なんだろうな)
うっとり目を細めると、○○の唇がぴくりと動いた。
(ああ、俺、やっぱりあんたのこと……)
ネロ「あんたのこと……大好きだ……だから、ねえ……お願い」
気がつけば、そう懇願するでも甘えるでもなくつぶやいていて……
彼女の口内へ、薬を流し込んでいた。
○○「っ……ん……」
一瞬、震えた体が……やがて小さくなっていく。
(これで、完璧だよ)
ネロ「ようこそ○○……俺と一緒に、終わらない夢を」
俺の腕の下で、子どもの姿になっていく○○のことが愛しくて……
そのあどけない顔に、頰を擦り寄せたのだった…ー。
おわり。