姉妹のお客様を前に、私は不安になりながらも……
(那由多さん…何か考えがあるのかな)
気持ちを切り替え、私は心を込めて二人を案内する。
姉「恋の病に効くって本当なの?」
○○「それは……」
ーーーーー
那由多「あの温泉は、温度も成分も肌にちょうどいいから、元は美肌の湯って言われてて…。 綺麗になると自信がついて恋が上手くいくから、恋の病に効く温泉だって、俺はそう言ってるんだ」
ーーーーー
彼から教えてもらったことを伝えると……
姉「美人になる温泉が、恋の病に効くなんて強引だわ。 恋が叶う温泉でも、あるまいし……」
お姉さんは声を詰まらせる。
(あ……)
切なげなその顔から、彼女が誰かに恋をしていることがうかがえた。
そしてそれが、叶わないものだということも…ー。
○○「……わかります」
姉「え?」
○○「私も恋をしているんです。その人、近くにいるのに、とても遠い存在に思えて。 その人が笑う度に、胸が痛くなって」
すると…ー。
姉「……わかるわ」
○○「え?」
姉「私も同じ気持ちだった。でも結局、伝えられないまま終わって。 食事も喉を通らなくなって……体を悪くして」
溢れだす想いをこぼすように、お姉さんは終わった恋について話し出す。
妹「姉さんは、駄目でも気持ちを伝えればよかったって、思ってるんだよね?」
姉「ええ。だから…ー」
後悔して欲しくない、お姉さんは私にそう告げた。
(那由多さんは、わかってたんだ)
(お姉さんが、恋の病にかかっていることを…)
…
……
その後、姉妹は恋の病に効く温泉へと入って行った。
(後悔しないように、か……)
彼女の言葉を思い返していた、その時…ー。
番台「姫様!王子を知りませんか?」
○○「いえ。那由多さんいないんですか?」
番台「そうなんですよ。空き時間、たまにふらりととどこかに行っちゃって」
(……那由多さんらしいといえば、らしいけど)
番台「今、手が離せなくて…申し訳ありませんが、探してもらってもいいでしょうか」
○○「わかりました」
…
……
あちこち探したけれど、那由多さんはどこにもおらず…ー。
(どこに行ったんだろう)
途方に暮れていると、夜風に乗って弾むような鼻歌が聞こえてきた。
(この声は…)
歌声をたどり、元いた『恋の病に効く温泉』にやってきた。
○○「那由多さん?」
そっと、中を覗き込むと…ー。
那由多「え!わああっ!」
温泉に足を浸けていた那由多さんが、飛び上がった。
あまりの驚きぶりに私も驚く。
○○「ご、ごめんなさい!驚かせてしまって…ー」
(……って、え?)
那由多さんの頭から出ている猫耳に気づき、息を呑む。
那由多「……っ!」
彼は耳を手で隠そうとするけれど、ふんわりした毛が丸見えで…ー。
(……かわいい)
そのかわいらしい耳に誘われるそうに、私は彼の傍まで行って腰を下した。
那由多「バカ!こっち見るな! ……ああ……完全に油断してた」
○○「あ……すみません!見られたくないものでしたよね……」
那由多「や、ちょっと時間があるからって、サボってたのは俺だから……気にすんな」
けれど、彼の耳は完全に垂れていて……
(やっぱかわいい)
自然と口元が緩んでしまう。
那由多「あ、かわいいとか思っただろ?」
○○「い、いえ」
那由多「ほら、あっち向いて!」
○○「わっ…」
那由多さんは私の両肩を掴み、強引に方向転換させた。
那由多「……はい。もういいよ」
振り返ると、那由多さんはもう猫耳をしまったいつもの姿だった。
○○「さっきは、すみませんでした」
那由多「もう言うな。で、なんだよ」
○○「あ……番台さんが、探してて」
那由多「なら大丈夫。ちゃんと仕事はしてたから」
喉を鳴らすように那由多さんは笑って、それから……
那由多「それだけ?」
突然に顔を近づけられ、鼓動がうるさくなる。
○○「あの…ー」
那由多「あの姉妹、ちゃんと湯に入ったんだってね。ありがと。 お前に任せて正解だった」
にっと瞳を細める彼は、もうすべてを察しているように思えて……
ーーーーー
姉「私も同じ気持ちだった。でも結局、伝えられないまま終わって」
ーーーーー
(…ちゃんと今、伝えなきゃ)
私は、まっすぐに彼を見つめた。
○○「私…那由多さんが好きです。 ここを去る人達と同じように…那由多さんと別れたくない」
揺れていた彼の尻尾が、ぴたりと止まる。
(いきなりすぎた……?どうしよう)
破裂しそうな心臓を押さえながら、顔をうつむかせると…
那由多「あんな情けない姿見られて、でも好きなんて言われたら……断れないだろ」
顔を上げれば、優しい眼差しを向ける彼と目が合った。
那由多「なあ、なんで俺がここにいたか、わかる?」
○○「え……?」
すっと伸びた彼の腕が、私を引き寄せる。
○○「……!」
那由多「最初は、面白い娘だと思った。でも客と接する○○を見てたら気づいた。 俺も、恋の病にかかってたみたいだ。しかも、かなり重症の」
その言葉が、私の心にじわりと溶け入っていく。
那由多「ん……そういうことだな」
那由多さんに顔を覗き込まれ、髪を柔らかに撫でられる。
(温かい……)
彼の温もりに心まで浸かり、この上ない幸せが広がっていく。
恋の病に効く温泉からは、柔らかに立ち上る湯気と共に、どこか甘い香りが漂っていた…ー。
おわり。