月7話 冷たい口づけ

突風が止み、再び森に静けさが戻ると…―。

ヒノト「兵士も無事だったし、ここに用はないね」

○○「え? でも、まだ森の封印が……」

ヒノトさんは倒れていた兵士さんの肩を支え、ぐいと助け起こす。

兵士「ありがとうございます、ヒノト様……」

ヒノト「歩ける? 無理しないで、ゆっくりでいいよ」

(え……?)

男性には辛辣な態度を見せるヒノトさんが、驚くほど優しい声で兵士さんに言葉をかけていた。

(なんだか、違和感が……)

ヒノト「さあ、日が暮れる前に城へ戻ろう」

ヒノトさんは、兵士さんを伴ってすたすたと歩き出してしまう。

その時……

私の足元に、呪印の書かれた紙切れが落ちていることに気づいた。

(なんだろう? うっすら封印の跡が見える……)

○○「あっ……ヒノトさん、待ってください!」

破れかけた紙片を拾い上げ、私はヒノトさんを追いかけた…―。

ヒノトさんの後に続き、森の入口まで戻ってきた時……

ヒノト「フン……これ、邪魔だね」

(あっ……!)

ヒノトさんは、壊れかけていた封印を足蹴にし、完璧に壊してしまった。

○○「ヒノトさん、どうして……」

ヒノトさんはゆらりと振り返り、張りついたような薄い笑みを浮かべる。

ヒノト「だって……もういらないよね?」

その瞬間……

ヒノトさんの体に、妖狐の姿が薄く重なるように見えて……

(まさか……)

背筋に冷たいものが走り、思わず息を呑んだ。

○○「あなたは……」

嫌な予感がして、私はヒノトさんとわずかに距離を取る。

すると、ヒノトさんは口の端を上げ、妖艶に微笑んだ。

ヒノト?「いい思いさせてあげるって言ったよね?」

○○「っ……!」

(やっぱり、この人はヒノトさんじゃない……!)

以前ヒノトさんに聞いた話を思い出す…―。

ーーーーー

ヒノト「妖狐は美女に化けたりして、時に権力者を誘惑し、国を滅ぼしたって言われてるんだ。 人間に取り憑くこともできて……その体に入り込んで、意のままに操ることができる」

ーーーーー

(妖狐に取り憑かれてる……!)

先を行く兵士さんに向かって、声を上げようとした瞬間……

妖狐「させないよ」

ヒノトさんが強引に私の腕を引き、奪うようなキスで唇を塞いだ。

○○「んん……っ!」

私は驚きに目を見開き、力の限りヒノトさんの胸を押し返す。

けれど、到底力では敵わず……

妖狐に乗っ取られたヒノトさんは、私に冷たい口づけを施し続ける。

(どう……して……?)

(体の力が抜けていく……)

触れ合う唇から、生気を吸いつくされてしまうかのように……

だんだんと呼吸が乱れ、指先もじわりと痺れ始めた。

妖狐「……こうやって、少しずつお前の力をいただくとしよう」

(そん、な……)

途切れかけた意識の中、視界は白く霞み……

妖狐の愉しげな声だけが、やけにはっきりと耳へ届く。

妖狐「やはり若い娘はいい……さっきの兵士は不味かったから、途中で捨てた」

(助けを呼びたいのに、力が入らない……)

兵士「ヒノト様? ○○様はいかがされましたか?」

先を歩いていた兵士さんが、こちらへ駆け寄ってくる気配がした。

妖狐「……なんでもないよ。疲れちゃったみたいだから、俺が抱っこしてあげようと思って」

再びヒノトさんの口調を真似て、妖狐が私の体を軽々と抱き上げる。

(いや、触らないで……)

(ヒノトさん……!)

兵士「そ、そうですか……では、私は先に戻って街の様子を見て参ります」

妖狐「うん、気をつけてね」

兵士「え? ヒノト様……?」

ヒノトさんの様子に違和感を覚えたのか、兵士さんは戸惑うようにその場へ立ち尽くす。

妖狐「……邪魔なんだけど。さっさと行きなよ」

兵士「はっ……! では、失礼いたします!」

ヒノトさんから邪険に扱われ、兵士さんは慌てて街の方へ駆けていった。

妖狐「王子の体か……思いの外、悪くないな。 それに、この王子は見目麗しい……たくさんのおなごを味わうことができそうだ」

満足げにこぼす妖狐の声を耳元で聴きながら……

○○「やめて……ヒノトさんの体を、返して……」

薄れゆく意識の中、ヒノトさんの頬に手を伸ばし……

(ヒノトさん、戻ってきて……)

捕われの身となった彼の心へ、私は必死に呼びかけ続けた…―。

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