帽子屋さんは私を部屋から連れ出すと、高層ビルの天上界……空中庭園へと向かった。
以前お茶会で訪れた時とはまるで別の場所のように、ひっそりと気味の悪さを感じる。
○○「……」
冷たい風が吹き付けるのに、私は自分の肩を抱きしめる。
マッドハッター「ここまで来て、怖気付きましたか?」
私の中に生まれた不安を揶揄して、帽子屋さんは私を抱き寄せる。
○○「結局まだ……帽子屋さんが何をしたいかを聞いていません」
マッドハッター「それは、私が君をどうしたいかということだね」
彼は私の姿を見て、数秒考え込んでから指を鳴らした。
するとどこかから移動式のクローゼットが現れて……
マッドハッター「こういうことですよ、○○嬢」
○○「え……!?」
彼が口にする度に、どんな魔法なのか私の体は光に包まれる。
マッドハッター「まずは少女らしいエプロンドレス、そして可愛らしい靴……」
まるで作り替えられるように……私の姿は童話の挿絵で見たアリスの姿に近付いていく。
マッドハッター「仕上げに、私が丹精込めて仕立てたこの帽子を……」
○○「ま……待ってください!」
童話の少女のような格好をしている自分が気恥ずかしくて、
私は慌てて帽子屋さんに話しかけた。
○○「……私は、あなたが知っている『アリス』じゃありません……っ」
青いエプロンドレスの裾をぎゅっと握りしめながら、彼に訴えると……
マッドハッター「……」
帽子屋さんは、悲しそうに眉尻を下げた。
マッドハッター「これは、失礼いたしました。ついはしゃいでしまい」
再度、彼が指を鳴らすと、私の体はまた光に包まれて……
○○「!」
気付くと、元の格好に戻っていた。
マッドハッター「誤解なきよう。私は、新しいアリスとしてあなたをお迎えしたいのです」
しゅんとする帽子屋さんが、なんだか可愛く思えて……
○○「それに、私の知ってるアリスは帽子なんて被っていませんでしたよ?」
彼の顔を覗き込んで、自然に微笑みかけた。
マッドハッター「おや、そうでしたか」
残念そうに唇を曲げて、彼は手にしていた帽子をクローゼットに戻す。
マッドハッター「せっかくこの日のために作り上げたのに……」
そしてもう一度私の姿を見て、彼は緑の瞳を満足そうに細めた。
マッドハッター「では、改めて。あなたに、私の新しいアリスになっていただきたい。 それは同時に、世界の変革を起こす存在……よろしいでしょうか?」
帽子屋さんが胸に手を当て、お辞儀をするように私の顔を覗き込む。
その妖艶な瞳の魔法にかかったように……
○○「……はい」
気付くとそう、頷いてしまっていた。
マッドハッター「……」
満足そうに、帽子屋さんが笑う。
帽子屋さんの笑みには、妖艶な大人の顔とも、無邪気な子どもの顔ともとれない不思議さがあった。
マッドハッター「では、準備はよろしいですか、お嬢さん?」
期待と不安を胸に抱いて、もう一度彼に頷く。
すると彼は私の手を取って、空中庭園のさらに奥へ、私をエスコートした…―。