帽子屋さんは私の様子を見て、全てを承知したようだった。
マッドハッター「聞きたいことがあるんですね?」
緩やかな笑みを口元に浮かべると、私を誘い込むように部屋の中へ招き入れた。
だけど……
○○「……」
(何て切り出せばいいんだろう……)
ずっと考えていたはずなのに、いざとなると言葉が浮かばない……
帽子屋さんは、ただ謎めいた視線を私に送り、静かにその場でたたずんでいる。
○○「あの……私…―」
私は深呼吸をすると、私なりに精一杯の声を出した。
○○「あなたは、私のことを新しいアリスに相応しいか試したと言いました。 そして、答えを出したとも…―」
マッドハッター「……」
私の言葉に帽子屋さんは何も言わず、ただ私をじっと見つめていた。
○○「でも……いくら考えてもあなたの考えていることがわからない。 庭園へ行けばわかるのかもしれない、けれど。 私は、今知りたい。教えてください、新しいアリスって一体…―。 !」」
最後まで言い終わらないうちに、私の唇に彼の人差し指が添えられる。
マッドハッター「言ったはずですよ。アリスに関する質問はタブーだと」
○○「……」
マッドハッター「もし、それを口にしたら……私にどんな目に遭わせられるやら」
帽子屋さんの人差し指が、私の唇から首筋を伝う。
○○「……っ」
その感覚に、思わず体を揺らしてしまうけれど……
○○「何も知らないまま庭園へ行ったとしても……どんな目に遭うかはわからないですよね?」
鋭い視線に抗うように、私も真っ直ぐに彼を見据える。
すると…―。
マッドハッター「……くくっ、ははは!!」
彼はシルクハットを手で押さえ、声を上げて笑い出した。
○○「……!?」
マッドハッター「……これは失礼! ここまで興奮するのは久々だったもので。 よく自ら私の課したタブーを踏み越えましたね、さすがだ、やはり君はアリスに 相応しい!」
○○「え…―」
嬉々として高らかに声を上げて、彼はやがてアリスのことを語り出した。
この世界のアリスの存在……それは希望であり禁忌であり、
始まりを作った謎めいた少女だった。
マッドハッター「君がこのワンダーメアに訪れる前にも、何人か新しいアリスになり得る存在はいたのです。 ですが、その誰もが相応しい魂までは持ち合わせていなかった……」
○○「何人も? なら帽子屋さんは…―」
マッドハッター「そう、今までも見つけ出す度に、君にしたのと同じく人知れず試していたんです」
妖しい笑みを口元に浮かべるのを、間接照明がぼんやりと照らし出す。
マッドハッター「アリス候補の娘達は、私の問いに最初は、おおよそ君のような反応をしました。 けれど、問い続けていくうちに、それが普通になって、当たり前になって……。 最後は皆、答えを探すことをやめてしまいました。 私はその度に絶望し、やがて世界の変革を目の当たりにした時のような情熱は忘れてしまいました。 まあ実際、今の世界も絶妙に奇妙でちぐはぐで、面白くはありますからね。 けれど、○○嬢、君だけは違った」
一歩、彼が私に近づく。
柔らかな手のひらが両手で私の頬を包んだ。
○○「帽子屋……さん?」
マッドハッター「君は、答えを追い求める人……そう、あの時のアリスのように。 やはり私の見立ては正しかった。君こそが長年私が求めてきた人だ……」
私を見る彼の瞳は煌々と輝き、その熱に私は焦がされてしまいそうだった。
マッドハッター「それでは向かいましょう。約束の場所へ。あの庭園へ…―」
○○「あっ、待ってくださ…―」
言いかけた言葉が口を出る前に、帽子屋さんは私を抱き寄せ、部屋の外に連れ出した…―。