月最終話 重なる幸せ

夕日が柔らかく差す部屋で、私達は物の怪が記した不思議な本について思いを巡らせていた。

イナミ「あの本は、こよみの国でもらい受けることになったよ。 もう何も起きないと思うけど、念には念をね」

(あの後、本に触っても声が聞こえてくることはなかった……)

イナミ「彼の思い出はきっとそこに残ってる。本も元いた国に戻りたいだろうから」

〇〇「うん、そうだね……」

イナミくんは思いを馳せるように、黄昏に染まる空を見上げる。

翡翠色の瞳が、夕陽を映して温かな色に輝いていた。

イナミ「夕陽、綺麗だね」

〇〇「うん」

イナミ「ようやくキミと、こうやってゆっくりできる気がする」

肩をすくめる彼に、私は思わず笑ってしまう。

隣に並んで夕焼けを見つめていると、ほっと肩から力が抜けていくようで……

(よかった……)

ここに来てから起きた出来事が、ふと思い返される。

その時、衣擦れの音がして、首に彼の指が触れた。

〇〇「っ……!」

イナミ「綺麗になくなってるね」

(あ……痣のこと……)

痣の後を確かめているだけだとわかっても、彼の視線を感じるだけで耳が熱くなっていく。

イナミ「よかった」

〇〇「……でも、どうして消えたんだろう」

イナミ「それはたぶん、オレが幸せだったから」

〇〇「え?」

振り返ると、イナミくんは穏やかな眼差しを私に注ぎ、にっこりと笑った。

イナミ「あの本に込められていた伝わらない想いは、悲しい怒りに変わってしまって……。 声を拾ってくれたキミに向けてしまったんだと思う。 でも、オレとキミを見て、その叶わなかった想いがようやく通じた気がした……。 なんて、ちょっと勝手な解釈だけど、そうだったらいいなって思う」

(イナミくんの気持ち……)

改めて彼の想いが自分に向けられているのだと思うと、嬉しさと気恥ずかしさが胸を満たす。

首にかかる彼の熱い吐息が、さらに私の心を甘く痺れさせた。

イナミ「〇〇ちゃん……大丈夫? 気分でも悪い?」

問いかける言葉に余計いたたまれなくなり、うつむいていると…―。

イナミ「……もしかして。 オレにドキドキしてるの?」

〇〇「っ……!」

耳元で囁くイナミくんの声が、私の体を貫く。

〇〇「ドキドキ……するよ」

横目に見えた彼の視線は、甘く潤んでいて……

今まで見たことのない彼の表情に、鼓動がさらに速くなる。

〇〇「やっと、イナミくんに気持ちを伝えられて……。 イナミくんも同じ気持ちで、すごく嬉しかったから」

恥ずかしさに顔が火照るのを感じながら、私はなんとか気持ちを言葉にした。

イナミ「〇〇ちゃん……。 キミは本当に、かわいいことばっかり言うよね」

イナミくんの両腕が背中から私を優しく包む。

〇〇「……っ!」

イナミ「物の怪もきっと、好きな人をこうして抱きしめたかったんだと思う」

彼の顔は私の首筋に埋められ、熱い吐息がうなじを濡らす。

イナミ「ねえ、こっち向いて?」

諭すような優しい言葉が、胸をくすぐる。

けれど手を触れなくてもわかる顔の火照りに、恥ずかしくて振り返ることができない。

〇〇「……」

イナミ「オレと近づくのは嫌?」

〇〇「! そうじゃなくて……」

慌てて振り返った私を、イナミくんの艶を帯びた瞳が捉えた。

(声が震えそうになる……)

〇〇「そうじゃなくて、恥ずかしいから……」

イナミ「ははっ、またかわいいこと言って。 けど……オレはキミにちゃんと伝えるよ」

イナミくんは、その口元に柔らかな笑みを浮かべる。

イナミ「口づけ、してもいい?」

突然の言葉に驚いて目を見開いたままの私に……イナミくんの唇がそっと重なる。

彼の長いまつ毛が、瞳に影を落とす。

イナミ「〇〇ちゃん、好きだよ」

鼻先が触れるくらいの距離で、イナミくんの声が甘く響く。

イナミ「これからも……キミのことを傍で守らせて?」

優しく笑うイナミくんの言葉に、私は今度こそはっきりと頷き……

彼の熱い口づけをもう一度受け止めるために、ゆっくりとまぶたを閉じた。

おわり。

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