深い森の奥で姿を現したボルケウスをハルが追い詰めた時…―。
ボルケウスは、硬い鱗に覆われた尾をハルへ振り下した。
○○「ハル――!!」
ハルディーン「……っ!!」
凄まじい衝撃を食らって、ハルの体が吹き飛ぶ。
しかしハルはとっさの判断で一本の剣を地面に突き刺して――
ハルディーン「まだまだっ!」
突き刺した剣の柄を軸に一回転して、遠心力を利用し飛び上がる。
そして、もう一本の剣をボルケウスめがけて振り下ろした。
ハルディーン「当たれえぇぇっ!!」
黒き刃の輝きが、ボルケウスを襲う。
その途端、先ほど強烈な一撃をハルに打ち込んだ尾が切り離された。
○○「!!」
ボルケウスは鼓膜が破けそうになるような絶叫をあげて、森の奥に逃げていった…―。
○○「ハル……っ、大丈夫!?」
重たい身体でなんとか立ち上がって、ハルに歩み寄ろうとする。
ハルディーン「おい、無理するな!」
○○「あっ」
強い眩暈を感じて、足がもつれる。
しかし私の体は次の瞬間、ハルの逞しい腕に支えられていた。
○○「ハル……ありがとう……」
ハルの腕の中で顔を上げれば、少し怖い顔をしたハルと目があった。
ハルディーン「ほんと無茶しやがって……」
○○「ごめんね……でもどうしてもハルが心配で」
ハルディーン「……っ」
唇を震わせながら、ハルが目を細める。
弱々しいけれど、それは心から安堵しきったハルの笑顔だった。
ハルディーン「そうだ、早くこいつを飲ませないと……!!」
ハルは私を大木の根元に座らせると、地面でまだ痙攣していたボルケウスの尾に曲刀を突きつけた。
傷口からこぼれる青い体液を掌にすくい、私の元へ戻ってくる。
ハルディーン「飲めるか?」
ハルが私の上体を起こして、口元に掌を近づける。
○○「……っ」
まだその場で斬り落された尾が生々しく動いている。
気持ち悪さにどうしてもえづいてしまう。
私の様子を見たハルは、掌の青い体液を口に含んで…―。
○○「……っ」
ハルディーン「ん……」
ハルの唇が私の唇を覆った。
とろりとした液体が、彼の唇から私の口の中に運ばれる。
強引な口づけだったけど、私ののどは液体を飲み込んで、こくりと鳴った。
ハルディーン「……つらいと思うけど、もう少し飲んでくれ、頼む……」
○○「ん……」
再び、唇が厚く重ねられる。
もう一口、飲み込むとハルの唇が離れていく。
ハルディーン「本当にごめんな。オマエ、ずっとオレのこと心配してくれてたのに。 オレ、呪いなんてあるワケないって思ってて」
○○「ううん、もう大丈夫だから……そんな顔しないで、ハル。 ハルには、いつも笑っていてほしいから……」
ハルディーン「……」
つらそうな顔をして私を見下ろすハルの頬に掌を添える。
○○「たとえ呪いだったとしても、こうして無事だったんだし……ね?」
しばらく淡い紫色の瞳を見つめていると……
ようやく少しずつ彼の顔に笑みが戻った。
ハルディーン「……そうだな、シュガー」
○○「でも……心配で身が持たないから、あんまり無茶なことはしないでね?」
ハルディーン「ああ、必ず約束する!!」
控えめに微笑んで、私達はもう一度キスをするのだった…―。
…
……
しばらくそのまま休んでいると、薬が効いてきたのか体が楽になった。
(万病に効くって本当だったんだ……すごい効目)
ハルは、私の隣で刃こぼれしてしまった曲刀を見つめている。
○○「その剣、どうするの?」
ハルディーン「ん―……ボロボロになっちまったしな。 また誰か巻き込んでもいけないし……オレの国に持ち帰ることにするよ」
○○「持ち帰るって、だ、大丈夫なの?」
あっけらかんと笑って、彼は手の中で妖刀を回す。
ハルディーン「こいつだって血じゃなくて紅茶でも飲ませてやれば、落ち着くかもしれないしな。 何せうちの国の紅茶は絶品だ」
冗談めいた口調で言って、ハルが笑う。
(ハルが言うと、本当にそんな気がしてくる……)
私は剣を持つハルの手に自分の手を重ねて、ゆっくりと頷いた。
まだ少し心配ではあったけれど、呪いをも跳ね返す奔放さが、ハルらしい強さなのだと、私はそんなことを思ったのだった…―。
おわり。
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