そしてついに、前任者が怪我をした問題のシーンの撮影が始まった。
セットの前にジェットさんと共に監督やスタッフが集まり、綿密な打ち合わせが続いている。
ジェット「爆発の後の立ち位置、ここだと少し危険なんじゃないか?俺の経験だと……」
監督「なるほどな。では君の言う通り、変更としよう」
経験則に基づいたジェットさんのアドバイスに、皆が頷く。
(ジェットさん、すごいな……)
率先してスタッフ達に指示を出す姿に、彼の頼もしさを感じた。
(だけど、やっぱり心配……)
知らずのうちに、私はまた両手を胸の前で握りしめていた……
スタッフ「火薬、準備完了しました!」
スタッフの合図が告げられると、ざわめいていた撮影現場が、一気に静寂に包まれる。
監督「それじゃ、シーン178、爆発から脱出のところまで行ってみよう!」
監督の大きな声が、空に響いた。
撮影前にジェットさんから見せてもらった台本では……
ーーーーー
ジェット「まず、左右の建物から火が上がって、破裂音が鳴り響く。その後、俺が潜んだ中央の建物が大爆発を起こして、そこから俺が火の粉をまといながら脱出する……けど、爆発は連鎖的に起こるから、脱出するタイミングを間違えると、命に関わる」
ーーーーー
(命に……)
つい先ほど聞いたばかりの言葉を、心の中で反芻する。
(大丈夫かな……)
心臓が、緊張と恐怖に早鐘を鳴らし始める。
すると……セットの端が、真っ赤な炎に飲み込まれ始めた。
(……始まった!)
セットの近くで待機する消化班や救護スタッフも、息を呑んで見守っている。
(ジェットさん……どうか無事で!)
やがて火薬が派手に爆発し始めた、次の瞬間…―。
○○「!!」
耳をつんざくような爆音が、街に響いた。
その矢先、待機していたスタッフやカメラマンが慌て始める。
スタッフ1「おい、今の火薬量、多過ぎないか!?」
スタッフ2「そんなまさか……他のポイントに誘爆したとか!?」
(え……!?)
その言葉に、背中が一気に寒くなる。
(ジェットさんは!?)
計画では爆発の後、すぐにセットから脱出を図ることになっている。
だけど彼の姿は、今も見当たらなくて……
スタッフ3「救護班、すぐに出れるようになってるな!?」
スタッフ4「監督、このままじゃ危険です!すぐに撮影を中止してください!」
監督「駄目だ!!ジェットを信じるんだ!」
祈るような気持ちで、私はジェットさんの無事だけを想った…―。
……
そして…―。
ジェット「いってててて……」
○○「大丈夫ですか?」
ジェット「こんなん全っ然!それより、見てくれたか!?」
私の心配を余所に、ジェットさんはキラキラとした笑顔を見せている。
その顔も服も、煤や灰でボロボロになっていて…―。
○○「見ていられませんでした……」
さきほどまでの気持ちを思い出すと、今も胸が張り裂けそうになる。
ジェット「わ、悪かったよ!心配させちまって!」
何かを察したのか、ジェットさんが慌てたように、うつむいた私の頭を不器用な手つきで撫でた。
ジェット「な、テイクを見てみようぜ」
ジェットさんが、私の背中に手を添えて、カメラの方へと促す。
○○「……」
さきほどの衝撃を思い出して、おそるおそる、カメラを覗き込んでみると…―。
【スチル】
○○「あ…―」
轟々と逆巻く炎の一点だけが、何かに導かれたように裂けて……
炎の狭間から、勢いよくジェットさんが飛び出す。
その姿は、まるで炎の中を悠然と飛び立つ不死鳥のようで……
(かっこいい……!)
思わず感嘆の息がもれた。
スタッフ「さすが、アクションの申し子だ!」
スタッフも、その場にいた全員がジェットさんの姿に呼吸も忘れて魅入っている。
ジェット「どうだ?俺のスタント、最高に痺れただろ?」
○○「……」
黙っていると、ジェットさんがニカッと笑った。
ジェット「なんだよ、口もきけなくなるくらい感動したのかよ、ははっ!」
○○「かっこいいです……でも、本当に心配しました……」
素直にそう、口にすると……
ジェット「……ありがとな。ちょーーっとヤバかったけど、お前が見ててくれたからさ」
緩んだ表情を引き締めて、ジェットさんが真剣で優しい眼差しを私に向けた。
ジェットさんは目を細めた後、その胸に私の頬を押し付ける。
彼の大きな手が……私の頭を優しく包む。
(あ……この音)
耳が触れた彼の胸の左側から、しっかりと脈打つ心臓の音が聞こえる。
その音は規則正しく耳に響き、私の胸に安堵を広げた。
○○「……無事で良かった」
震える声でそう伝えると、彼の腕は強く私を抱きしめる。
ジェット「馬鹿。ちゃんと戻って来るに決まってるだろ?俺は最高のスタントマンなんだからな!」
と、彼は厳つい顔に最高の笑顔を浮かべる。
○○「……はい!」
私も心からの笑顔を作って応えた。
ジェットさんの煤だらけのその笑顔には、もう一点の陰りもなくて……
(やっぱりちょっと、心配だけど……)
ジェットさんの大きくて熱い腕の中、世界一のスタントマンとして輝くであろう彼の未来に思いを馳せた…―。
おわり。