スタントマンのプライドを貫き通す…―。
そう考えた俺は、映画の主演オファーを断り、前任が大怪我をしたという危険なスタントに臨んだ。
これからいよいよ、問題のシーンの撮影が始まる。
○○「どうか無事で……」
○○の表情には、不安が色濃くにじんでいた。
(こいつに、心配をかけるわけにはいかない。絶対に、成功させる!)
緊張に強張っていた表情を無理矢理緩め、彼女に笑いかけた。
ジェット「ああ!!」
彼女が心配そうに組んでいた手に、俺の片手を乗せる。
ジェット「最高にアグレッシブなスタント、見せてやるから、応援頼むぜ」
○○「……はい」
スタッフ「撮影、そろそろ入ります!」
(見ててくれよ、○○……)
……
監督「それじゃ、シーン178、爆発から脱出のところまで行ってみよう!」
建物の外で、監督の声が響く。
俺は、建物の中で一人、精神統一をしていた。
(まず左右の建物から火が上がる。その後、この建物が大爆発を起こす……爆発は連鎖的に起こるから、タイミングを間違えたら一大事だ……)
窓から、隣の建物から上がる煙を確認する。
ふぅと長い息を吐き出し、光が差し込む入口へと駆け出した。
その時…―。
ジェット「!!」
耳をつんざくような爆音とともに、入口が炎に包まれた。
(……早すぎる!!)
予定では、隣の建物から順に火薬が爆発し、俺が脱出した直後に入口が燃え上がることになっていた。
(火薬の量が多すぎたのか……!?)
一瞬足が止まったが、ここに居座るわけにはいかない。
入口はすっかり炎に包まれ、俺をあざ笑うかのように轟々と燃えている。
(くそっ……)
じわじわと体中が熱くなり、汗が噴き出してきた。
窓から脱出できそうだが、それでは撮りたい画が撮れない。
(お願いだ、撮影を止めないでくれよ。あいつに……○○に、かっこいいところ見せなきゃいけねーからな)
俺は額の汗を拭い、勢いよく駆け出した。
爆音と共に炎の壁を突き破った瞬間…―。
○○の祈るような顔が見えた。
あいつの元を目指して無我夢中で駆けて行く。
体中燃えるように熱く、心臓はバクバクと高鳴っている。
ジェット「いってててて……」
背後から、建物の外壁が盛大に崩れ落ちる音が聞こえた。
危機一髪のところで、脱出に成功したらしい。
○○「大丈夫ですか?」
スタッフ達が駆け寄る中、真っ先に○○に視線を送った。
ジェット「こんなん全っ然!それより、見てくれたか!?」
俺の言葉に、○○が静かに微笑む。
○○「見ていられませんでした……」
(あ、あれ!?心配かけすぎちまったか!?)
ジェット「わ、悪かったよ!心配させちまって!」
○○の細い肩が、小刻みに震えている。
俺は、目を伏せる彼女の頭にそっと手を乗せた。
ジェット「な、テイク見てみようぜ」
○○「……」
監督の背後に回り、燃え盛る建物の映像を覗き込む。
建物の入口は厚い炎に包まれていて、当の俺でも息を呑んでしまう程だ。
○○の顔を見ると、口を両手で覆いながら映像を見守っていた。
○○「あ…―」
映像の中で、俺が炎を割って飛び出した瞬間、彼女の口から感嘆の息が漏れた。
その瞳は感動に揺れ、映像に釘付けになっている。
(この顔が……見たかったんだよな)
自然と、表情が緩む。
ジェット「どうだ?俺のスタント、最高に痺れただろ?」
○○「……」
○○の目は潤み、言葉を失っているようだ。
(こんなに感動してくれるなんて……)
ジェット「なんだよ、口もきけなくなるくらい感動したのかよ、ははっ!」
○○「かっこいいです……でも、本当に心配しました……」
彼女の絞り出すような声に、胸がうずいた。
ジェット「……ありがとな。ちょーーっとヤバかったけど、お前が見ててくれたからさ」
炎に包まれながらも○○の顔を思い浮かべていたこと、建物から飛び出した時に真っ先に○○を探したことは、照れくさくて口にできない。
(成功したのは本当にお前のお陰だから。俺を心から応援してくれていた、お前のお陰……)
そう思った瞬間、彼女を胸に抱きしめていた。
安堵と興奮に震える体が愛おしく、壊してしまわないよう優しく包み込む。
○○「……無事で良かった」
息のように吐き出した言葉に、彼女を抱きしめる腕に力が入った。
ジェット「馬鹿。ちゃんと戻って来るに決まってるだろ?俺は最高のスタントマンなんだからな!」
○○「……はい!」
彼女の顔にはもう不安はにじんでいない。
俺を信じて、見守ってくれている彼女のことを、心から愛おしいと思った。
(心配ばかりかけちまうと思うけど……こいつのためにも、最高のスタントマンでい続けよう)
心に誓い、俺はもう一度、○○を強く抱きしめた…―。
おわり。