従者「それでは、私はこちらで失礼いたします」
○○「え?あの…―」
グレイシア君の部屋の前に着くと、従者の方はすぐに廊下の奥へと去ってしまった。
(どうしよう、用件もわからないまま……)
私はグレイシア君の部屋の扉をしばらく見つめていたけれど……
(……ちゃんと、話そう)
(何か気に障ることをしたのなら、謝らないと)
ぎゅっと手のひらを握りしめて、私は扉をノックする。
すると…―。
グレイシア「……入れ」
中からぶっきらぼうな声が聞こえて、私は扉を開けた…―。
○○「……失礼します」
グレイシア「ああ……」
そこには、大きなソファにもたれるグレイシア君の姿があった。
けれどやっぱり、彼は私と目を合わそうとしない。
○○「あの……」
用件を聞こうとするけれど、なぜだかうまく声にならない。
(どうして……)
気まずさに辺りを見回した時、部屋の隅に積まれた大量の本を見つけた。
○○「グレイシア君、そこに積み上がっている本は……読書、好きなんですか?」
私が声をかけると、グレイシア君の眉がつり上がる。
グレイシア「別に。○○には関係ないだろ」
○○「そ、そうですよね」
グレイシア「……」
ツンと澄ました、グレイシア君の態度。
だけど、赤い瞳だけはこちらをじっとうかがっている。
(何か私、嫌われるようなことをしてしまったのかな?)
(なら、ちゃんと聞かないと……)
頭ではそう思うものの、彼にそう聞くことがためらわれる。
(私……怖いんだ)
(グレイシア君に、嫌われているかもしれないってことが)
胸が苦しくなって、彼から視線を逸らすようにうつむいた。
○○「あの……ごめんなさい、私、帰りますね」
その場に居続けることに耐えきれず、私はそう口に出していた。
すると…―。
グレイシア「は……? 何を言っている?」
○○「あ、ご、ごめんなさい!」
なおさらグレイシア君の目が不穏な色になり、
お辞儀をして足早に部屋を去ろうとすると…―。
グレイシア「待てよ」
○○「えっ!?」
耳元で壁を叩く音がして振り向くと、私の体は、彼と部屋の壁との間に挟まれていた。
苛立ち、目を細めるグレイシア君との距離は……まるで吐息まで聞こえてしまいそうだった。
○○「グレイシア君、どうして……」
グレイシア「どうしてか聞きたいのはこっちの方だ、なんでいきなり出ていこうとする?」
○○「え……だってグレイシア君、怒ってたんじゃ……」
グレイシア「……怒ってない」
○○「じゃ、じゃあどうして……冷たかったんですか?」
グレイシア「……それは、お前のせいだ」
○○「私の……?」
話の要点が掴めずに、彼の顔を至近距離から見つめると、慌てたように彼は私から顔を逸らす。
(頬が真っ赤……)
グレイシア「お前みたいな奴……初めてで。 何ていうか……お前のあの笑顔を見た時から、うまく話せなくて。 くそっ……俺は、高潔な雪の一族なのに、お前に心を掻き乱されて……!!」
(じゃあ……冷たかったのって)
その答えに、私の頬も赤く染まっていく。
グレイシア「けど……お前が隣にいないとそれはそれで落ち着かねえ」
私の手を掴む指に力が入る。
グレイシア「だから、俺から勝手に離れたりするな」
○○「……っ!」
普段白い顔を真っ赤にして、怒るように言い切った言葉は、まるで甘えているようだった。
(こんなグレイシア君……初めて見た)
そう思った瞬間、嬉しさで胸が弾み出す。
○○「はい……隣にいます」
グレイシア「何で、そんな嬉しそうなんだよ」
○○「嫌われたわけじゃないんだって思って」
その言葉に、彼はきまりが悪そうに髪をくしゃりと掴んだ。
グレイシア「……悪かったよ」
その仕草がかわいくて、自然と笑みがこぼれてしまう。
グレイシア「何笑ってんだよ」
怒ったように投げかけられるその言葉も、今では耳に心地よくて…―。
○○「ごめんなさい。私…―」
グレイシア「?」
私は自分の気持ちに、確かな答えを見つける。
○○「私、グレイシア君のことがもっと知りたい」
満面の笑みを返した私を見たグレイシア君の顔は、もう赤くないところがないくらいで……
グレイシア「……馬鹿。ほら、こっち来い」
○○「はい」
すっとグレイシア君が伸ばした手を取り、大きなソファーに二人で並んで座る。
(熱い手……)
そう感じながら、彼の手を握る力を強くすると…―。
○○「!?」
急に手を引く力を強くされ、私はグレイシア君の胸に倒れ込んでしまう。
○○「グ、グレイシア君!?」
しっかりと私を支える彼の顔を見上げると、その赤い瞳が間近に迫っていた。
そして…―。
○○「ん……」
有無を言わさないとでもいうように、彼の唇が唇に押し当てられる。
(グレイシア君……)
ゆっくりと顔が離れ、グレイシア君は熱を帯びた瞳で私を見下ろす。
グレイシア「俺のことが知りたいなら……教えてやるよ」
そして、再びキスが落とされる。
(さっきまでは、冷たかったのに……)
今は燃えるように熱い彼の想いを受け止めながら……
これからも多くの時間を一緒に過ごして、彼のことをもっと知っていきたいと、
そんな思いを抱いて、彼の背にそっと手を回した…―。