月最終話 目覚めのキス

○○「ちゃんと、見て……ドーマウス君。 もう、大きな木も、街はずれの公園も、アリスさんも……ここには、いないんだよ」

ドーマウス「ふえ……え? ここは……あ、あれ……?」

アリスが失われた、現実の世界のワンダーメア……

ドーマウス「う、嘘……ここはどこ? 僕の知ってるスリープバレイは……?」

いつも眠そうな、夢半分の世界で幸せそうに微笑んでいたドーマウス君の目に……

○○「……っ」

大粒の涙がたまり、球のようなしずくが頬を伝いだす。

私は涙を流すドーマウス君を抱きしめた。

ドーマウス「そ、そんな……こんなの……嘘だよぅ……」

○○「ごめんね……でもドーマウス君が知っていた世界は、もうどこにもない。 あなたが眠っていた間に、アリスはいなくなってしまって、世界は変わってしまったんだよ……」

(ドーマウス君は……ずっと見ていなかったんだ)

(アリスのいないこの世界を……)

それは夢心地の優しい世界とは違う、寂しい現実の世界……

だけど知らないままじゃ、きっとこの先もドーマウス君はいなくなったアリスを探し続けてしまう。

ドーマウス「うう……僕……僕……こんな気持ち知らない……どうしてこんなに胸が痛いの……?」

ドーマウス君は変わってしまった世界を前に、泣きじゃくった。

その涙に、どうしようもない切なさが胸にこみ上げる。

(ごめんね……)

彼の手を握ろうと、手を差し伸べたその時…―。

ドーマウス「……」

ドーマウス君が、ふらりと地面に倒れ込んでしまいそうになる。

○○「!!」

彼を支えようとするけれど、私もその重みにその場にしゃがみ込んでしまう。

○○「ドーマウス君!? ……ドーマウス君!!」

何度呼びかけても、彼は目を覚まさなかった…―。

……

ドーマウス君を連れて城へ戻った後、彼をベッドに横たえた。

ドーマウス「……すぅ……すぅ……どこにも……行か……ないで……」

小さな顔に涙の痕を残したまま、ドーマウス君は小さな寝言をつぶやいている。

(やっぱり……私はひどいことをしてしまったのかな?)

だけどようやく眠ることのできたドーマウス君の顔は、少しずつ血色を取り戻していた。

○○「おやすみ、ドーマウス君……私はどこにも行かないから……」

私は彼の枕元で、ずっと寝顔を見守り続けた。

そしてやがて、私にもまどろみが訪れた………

……

窓辺から差しこむ心地のよい光がまぶたを照らす……

○○「……朝……?」

ゆっくりと目を開けると……

ドーマウス「……○○ちゃん」

○○「……ドーマウス君……?」

目の間に、泣き腫らした瞳を細めるドーマウス君の顔があった。

寝起きの私を見て、彼はこそばゆそうに笑みを浮かべる。

ドーマウス「おはよー……」

○○「あ……おはよう……」

挨拶を返すと、ドーマウス君の頬がほんのりピンク色に染まる。

嬉しさを隠しもしない、いっぱいの幸せが零れ落ちそうな笑顔……

○○「具合は……? 大丈夫なの?」

ドーマウス「うん」

ドーマウス君が、丸い耳をぴくんと揺らす。

ドーマウス「あのね……僕、目が覚めた時、また泣きそうになっちゃった……。 世界がこんなに変わっちゃったなんて……やっぱり寂しくて……」

○○「……」

かすかに瞳が揺らめいて、ゆっくりと彼の指先が私に伸ばされる。

ドーマウス「だけどね、その時、○○ちゃんの顔が隣にあって……だから安心できて……」

表情をとろけさせて、甘い声でドーマウス君が私にささやきかける。

ドーマウス「ねえ、○○ちゃん、おはよーのキス、して……?」

○○「え……き、キス……?」

突然の言葉に、ぼうっとしていた頭が水をかけられたように鮮明になる。

ドーマウス「……アリスちゃんもね、僕におはよーのキス、してくれてたの」

(あ……)

その名前に、胸が軋んでしまう。

ドーマウス「あ……そんな顔しないで? 僕ね、○○ちゃんに……ありがとうって言いたいの」

○○「私に……?」

ドーマウス「うん……ずっとね、僕、辛かったの……幸せな世界を見ていたはずなのに。 でもね、○○ちゃんが……目覚めさせてくれた。 現実の世界が見えた時……夢が終わったんだって……わかったの」 

寝癖でぼさぼさの彼の青い髪が、朝日にきらめいている。

ドーマウス「だからね……○○ちゃんのおはよーのキスが、欲しいんだ」

○○「ドーマウス君……私でいいの?」

ドーマウス「うん……そしたら僕……もう泣いたりしないから……ちゃんと、約束する。 ……だから、いいでしょ?」

じっと、目の前で大きな瞳をうるませる。

その瞳には、昨日までの子どもっぽさとは別の、ほのかな凛々しさが生まれつつあった。

○○「ドーマウス君……」

柔らかな朝日の中、じっと互いを見つめ合う。

○○「……おはよう……」

そっと頷き、彼の鼻先にキスを授けた。

ドーマウス「……ふふ……おはよー……、○○ちゃんの唇、くすぐったい……」

そう耳元に響いたドーマウス君の声は、新たな幸せに満ちていた…―。

おわり。

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