ダグラスさんのお父様の形見……それがどんなものなのか、彼自身も知らないと言っていた。
(見つけたい……ダグラスさんのためにも、お母様のためにも)
海溝に向かって進む船の中、私は期待に胸を膨らませていた。
しかし……
夜になると昼間はあれほど穏やかだった海が一転、海上に現れた無数の白波が船を揺らした。
〇〇「……っ!」
ダグラス「〇〇、大丈夫か?」
激しい揺れによろめいた私の体は、ダグラスさんの逞しい腕に支えられる。
〇〇「はい……私は大丈夫です」
そう言いながらも、胸がひどく苦しくて、私は口を手で押さえてしまう。
ダグラス「顔色が悪い……俺の船室に行こう」
〇〇「……っ」
ダグラスさんは軽々と私を抱き上げ、船室へと歩き出す。
〇〇「すみません、私…-」
ダグラス「慣れていないときついだろう。俺の体に預けていろ」
〇〇「はい……」
言う通りに身を委ねると、彼の熱が体中に伝わってきた…-。
船室に入ると、ダグラスさんは私を椅子に座らせて、窓の外へと視線を向けた。
ダグラス「だいぶ荒れてきたな……このままだと海溝に向かうのは難しいな。 海溝に宝があるという確信はないし……。 親父の形見を探すという私的な目的で、皆を危険に晒すわけにはいかない」
ダグラスさんの横顔を眺めていると、微かにその表情が曇り始めていることに気がつく。
〇〇「ダグラスさん……」
船員達の安全を願う気持ち、そしてお父様の形見を探したいという気持ち。
どちらも理解することができて、いたたまれない気持ちになる。
ダグラス「……やっぱり撤退だ」
そうつぶやくと、ダグラスさんは立ち上がり、操舵室へと向かおうとする。
〇〇「ダグラスさん……っ」
ダグラス「〇〇はここにいろ。また気分が悪くなるぞ?」
〇〇「でも……お父様の形見は……」
ダグラス「いいんだ。皆の命の方が大事だろう?」
…
……
ダグラス「皆、ちょっと手を休めて聞いてくれ。 海がだいぶ荒れてきた。今海溝に向かうのは危険すぎる。今回は諦めて撤退しよう」
そう告げると、一瞬その場がざわつく。
しかし、しばらくすると船員の一人が静かに口を開いた。
船員1「このまま進みましょう」
ダグラス「……」
船員1「明後日からは、またしばらく政務として海の安全を守る長い航海に出るとおっしゃってましたよね? 今しかないんです。行きましょう!」
船員2「俺も、撤退なんて考えられません!」
一人が口を開くと、次々に同じ意味合いの言葉が飛び交う。
船員3「生前、先代には大変お世話になりました。他の船員の中にも、一緒に海に出た仲間がいます。 私達が海溝へ向かうのは宝のためだけではありません。私達も先代の形見を見つけたいんです」
その場にいた全員が、熱い視線でダグラスさんを見つめる。
ダグラス「皆……」
船員1「海溝に向かいましょう! 皆で先代の形見を探しましょう!」
〇〇「ダグラスさん……!」
込み上げる思いを伝えたくて、私は彼の名前を呼んだ。
ダグラス「〇〇……平気なのか?」
〇〇「もちろんです……! 足手まといにはならないようにしますから……」
ダグラス「……」
ダグラスさんはしばらく黙ってその場にたたずむと、皆の顔を見回して大きく頷いた。
すると、わっとその場が沸き立つ。
(よかった……)
ダグラス「ありがとう」
ダグラスさんが力強く、私の肩に手を置いた。
その手の熱を感じた時、私もこの船の一員として迎えられた……そんな気がしたのだった…-。